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2005年12月30日

そろそろ一年の総まとめという意味も含めて

今年も残すところ、後数日となってしまいましたね。

いま振り返ると、確かに色々あった一年ではありましたが、今年ほど生きる意味でも、仕事をする上でも、意識改革というものが出来た年はありません。

そしてそれは、このブログを始められた事によって達せられたと言っても過言ではないと思えるのです。

一時は、このロケバスドライバーという仕事に対して、やりがい、そして目標というものを見失っていた自分がいました。

しかし、その中途半端な部分を自ら振り返り、そしてこの業界自体が、どれだけ社会にとって意味をなしているのか、そういった素朴な疑問を推し量る事が出来たのも、偏にこのブログ、そして読んで下さっている皆々様、絶えずコメントを入れて下さっている皆々様の暖かい声援のお陰に他ならないのです。

そしてそれらは、随分と僕の支えになったのは、何にもかえがたい事実でした。

という訳で、来年早々の2時間ドラマ用のロケハンが今年最後の仕事となったのですが、その下見2箇所目、東京都調布市にある、とある大きなスタジアムで、今年一年を締めくくるにふさわしい出来事があったのです。

なんとそこには、年末の記事でお世話になった方々がいらっしゃいました。

まずは、12月8日の記事【車両部のプライドを賭けて】 において、14泊車中泊を余儀なくされた東京車両部隊の最後の現場生き残りドライバーのSさん。

なんとSさんが、同じ場所へ、違う番組のロケハンでやって来ていたのです!

僕はSさんを一人残してきてしまった申し訳ない気持ちを再度伝える為、挨拶に行きました。 すると、Sさんはその後、制作部の計らいで、別の宿を用意してもらえたそうなんです。 それも、我々が撤収した夜より。 そうか… つまり、我々の行動は無駄ではなかったのだ。 我々が撤収した事により、残ったドライバーを救う事が出来たのです。 その話しを聞いて僕は、少し呪縛が解けた気分になりました。 我々は間違っていなかったのだと。

そしてその後、待機を続けていると、今度は12月13日の記事【サンダーバード】において、トラブルにあったロケバスの現場を担当していた制作担当がロケにやってきました。 劇用車を自ら運転し、そのスタジアムの管理事務所に挨拶に来ていたのです。 そのトラブルにおいては、我が社としても少々後ろめたい気持ちもあり、その後も少し気にはなっていたのですが、最後の最後にもう一度挨拶する事が出来て、本当に良かったと思います。

僕は、この狭くて広い東京の片隅で、これらの人物にめぐり合わせてくれた神様に感謝したい。

そして、このブログを始めた事によって、我々の仕事への姿勢、そして取り組み方が、少しでも誰かに知ってもらえた事、そして何よりも、多くの皆さんにこのブログを支えてもらえた事を強く感謝したい。

皆さんにとって、来年も良い年であります様に…

これからも宜しくお願い致します!!! (^o^)/ 
posted by piyota at 07:55| 東京 ????| Comment(9) | TrackBack(0) | ひとり言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

電車おとこ!?

“電車おとこ”と言っても、今流行りのドラマや映画ではありません。

この物語は、子供の頃鉄道マニアとしてならしたあるロケバスドライバーの壮絶な?通勤物語なのです…f(^_^;)

(↑ロケに関係ないぞ!!)

その昔、僕は小学生の頃から、自分で時刻表を調べ、自分でチケットを買い、自分1人で東北一周をしてしまうような、鉄道少年でした。

そして時が経ち、僕はそんな時代ともおさらばして、現在、この大都会の片隅で、車を運転するという仕事に就いています。

まぁそんな僕でありますから、東京へ来てからというもの、電車で通勤していたのは、働き始めてからのほんの数ヶ月の間だけ。 その後はというと、会社の車か自家用バイクでの通勤に明け暮れていたのでした。

電車―

北海道出身の僕にとってまず、この“電車”という響きがいただけない。 何故かと言いますと、これは勿論通勤電車にも当てはまるのですが、僕等の田舎では、これらを未だに“汽車”と呼んでいるからなんです(笑)

しかも“通勤電車”という区切りはなく、特急、急行等は、チケットが当然分かれていますし、ましてや途中で乗換えなんて出来る筈もありません。(日本全国当たり前)

それに汽車は一時間に数える位しか来ませんし、立って乗るなんて事は、今までの経験上、花見の季節だけだったんですから…

そんな僕が、東京へ移り住んでからの数十年、年に数回乗るかどうかの通勤電車に、このロケ帰りで突然乗ることとなりまして… 

これははっきり言って言い訳(f^_^;)なのですが、この日も、来た電車に何の疑いもなしに乗ったのです。 ホームへと駆け上がり、ちょうど着いたばかりの電車へと。

するとどうでしょう…

後2つ先の駅が、自宅に一番近い駅の筈なのに、電車がどんどんスピードを上げるではありませんか!

なんと僕が乗ったのは急行だったのです。

ですから、僕が降りる筈だった駅は、この時点で、既に果てしなく後方になってしまいました。

次の急行停車駅で降り、すぐさま反対のホームへ。 しかし、こういう時に限ってこの電車が中々来ない。

僕はとても寂しい気持ちになりました。 も、もしかしてこれは俗に言う世間知らずというやつ… (-o-;) …なのか?

この業界を長くやっていると、現場のスタッフ達は、少なからずこんな事態に陥ります。

忙しさのあまり、そして仕事に集中するあまり、世間でいうところの一般常識を、段々と忘れていってしまうのです。

“電車おとこ”ならぬ“汽車おとこ”

古い考えを持つ人々よ。

これは早急に対処せねばなるまいな… って、この話は、ほとんど参考になりませんね(笑)


※1 この話は、かなりデフォルメされています。 ←こんな大人はそんなにいません。

※2 ロケ日記ではなくただのボヤキになってしまいました m(_ _)m …いや申し訳ない。
posted by piyota at 18:16| 東京 ????| Comment(6) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

8500000円の車

僕は我が目を疑いました。

それは我が社の駐車場に置いてある、とある劇用車の鍵を事務所に取りに行った時の事です。

そもそもこの劇用車というのは、本来はウチで取り扱う類のものではないらしく、勿論劇用車は扱うのですが、今回の場合、ディーラーより広報車両として預かったあるドラマの制作サイドが、毎日の出番ではないこの車両の止め場所に困った挙句、ウチへ無理矢理預けに来たという事なのです。

そして僕は、そんな事情とは露知らず、どんな車という事もよく分からないまま、この劇用車を現場へと回送する羽目になりました。

という訳で、この日、事務所玄関のフックに掛っているその劇用車両の鍵を取りに来たのです。

そして鍵を取りあげるとそこには白い紙があり、こう書き記されていました…

【預かり車両 12000000円】

いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…

!!!!!!!

な、なんですと!? こ、これは… いったい… い、幾ら?

なんとこの劇用車両というのは、あのメドゥセデスの新型 CLS350だったのです!!

CLS350といえば、新車でおよそ8500000円。 その上のクラスのCLS500なら10000000円は軽く越えてしまう超高級外車。

12000000円程ではないにしても、それが8500000円でも、ロケバスを新車の7000000円で買うよりもちょっと高い…

ええーい、0の数がうっとおしい!!
庶民には、想定外の金額だぁ!(既に死語か)

い、いや、うろたえるでない。 たかだか人が作った車ではないか。

プロドライバーとしてのプライドを持つのだ!

プロとしてこんな車に、もて遊ばれてはならない。 現場に着くまでには完全に操作をマスターしておかなくてはいけないのです。

こ、この間のト○タのゼロクラ○ンみたいに、エンジン掛けるのに説明書なんか読んじゃいけないf^_^;

という訳でこの日は事務所に、集合時間のおよそ4時間前にやってきました。

そして駐車場に行き、被っているシートを外して、いよいよごたーいめーんです。

うぉ! 思ったよりデカイ… そんな第一印象。

好みの色ではないけれど、くれると言うなら断る理由は何もない。 早速操作関係の確認に取り掛かる。

まずはキー。 当然の事ながら、鍵の先はプラスチックな部分に覆われており、鍵先がない。 そして開鍵。 鍵が開いたところで乗り込む訳ですが、ここからが高級車の真骨頂。 まずドアに手を掛けると窓が自動的に少し開く。 そして閉めると窓も閉まる。 これは僕が知っている限りでは今までには見た事のない機能。 恐らく、より密閉度を増す為に付いた機能なのでしょう。 後は大体他の高級車と同じようなもの… なのかな。(^。^;)

約30分程掛けて操作系を入念にチェック。 そしてついに車庫を出発です。

現場まではおよそ20キロ。 混んでいるとは分かりつつも、あえて大きな通りを突き進む。 (狭い道はヤバイ気がする)

乗り心地は、これといって特に金額に比例しているとは思えないし、操作が他の車より楽な訳でも決してないので、はっきり言うとステータスを求める人にのみ適しているな。(メドゥセデスはそういうもの!)

だってほら、渋滞の中、振り返るのは、やっぱりメドゥセデスのオーナーばかりだし…

と言いつつ、一番この車に呑まれていた心配性の僕は、予定の現場に2時間半も余裕を持って到着。

しかも仕事は、この車を届けただけで終わってしまいました。

「ありがとう、じゃ、ここからは電車で帰って下さい」

“8500000円”から、いきなり“330円”の電車移動へ。

正直、もう少し高級感に浸っていたかった僕なのでした。

そして… 無事、高級車を送り届けた帰り道。

僕は、電車という乗り物で、思ってもみなかった事態に直面する事となった…

次回 【電車おとこ】 お楽しみに!
posted by piyota at 22:33| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

大寒波襲来の夜に

昨夜の事。

仕事も早めに終り、家でくつろいでいると、「ほぼ終電で駅に着く」という身内からの連絡があり、気温も低いし、翌日の仕事は夕方からだし、迎えにでも行ってあげようと思い、半分部屋着のままの状態でとりあえず家を出てマイカーに乗り込みました。

時刻はもうすぐ午前零時。

駅までと続く一本道は、歩けば15分程度の距離ですが、何しろこのところの大寒波。 (ロケ隊にしてみればまだまだ序の口ですが(笑)) きっと一般ピーポーには、この寒さすら耐えられない状態に違いない。

ましてや日中はいつも渋滞しているこの一本道は、さすがにこの時間は車や人の往来すらないし、迎えに行かない理由もさして無かったりもしたし、まぁそんな軽ーい気分でマイカーを走らせていた訳なんです。

しかし… 僕の認識は甘かった。

突然、前方50メートル先の反対側歩道から、赤灯を持った人間が数人出てきて、こちらの車に向かって振っているではありませんか!!

やばい、検問だ!

僕はとっさに、色々な事を頭に思い浮かべました。

「酒は… 飲んでない。 よし! シートベルトは… よし! 免許は… よ、よし持ってる!」

とりあえず法に触れる事は何もない。 だけど、正直言うと内心ドキドキだったのは隠すことの出来ない事実でした。

50m、40m、30m…

その赤灯へ近付くにつれ僕の鼓動は大きく高鳴りました。

20m、10m、5m…

その時です! 僕を制止している赤灯の後ろを何かが通り抜けて行くのが見えたのです!!

それは…

その人影は… って、あれ?

道路を横断していくのは、なんと女優Aとそのマネージャーではないか!?

そして赤灯を振り回しているのは、せ、制作部っっ!

やられた。 またしても自宅近所で車止め。 しかもこんな夜遅くに。

この後制作部君は、軽く会釈すると、僕をすんなりと通してくれました。

見た顔ではなかったけれど、念の為、通りすがり際に、色々チェック。

進行方向右側、つまり女優Aが歩いて来た側に葬儀場らしき現場、そして機材車、照明車。 暖を囲むように立ち尽くす、まるでニューヨーカーなスタッフ達。

そして反対側には、その施設の駐車場と思わしきスペースに、ロケバスとメイク車、さらにその他の車両。

番組名は未確認だけど、機材車に書かれた技術会社名より、連ドラではないかと推測されます。

時は既に午前様を迎えようとしてるのに、彼等ロケ隊の仕事はまだまだ続く。 吐く息も白く、気温も氷点下にもなろうかという勢いのこの状況下においても、誰一人文句も言ってない… 多分。

僕は、そんな彼等の横を、他人事のようではあるけど、尊敬にも似た感情を抱いて、足早やに通り過ぎていった。

頑張れロケ隊!

寒波に負けるな!!

そして…

あまりにも面白いので、帰りも通ってやりました。(^_^)v
posted by piyota at 21:27| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

嘆きの制作担当

地方ロケといえば、最近では、よくフィルムコミッションさんのお世話になる事が一般化して来ましたが、それがその地方で少しだけしかないロケの場合やフィルムコミッション等の設定が無い地域の場合、制作部の担当自らが、自分の足で探すというシステムが日頃から日常的でした。

制作担当は、まず撮影する地域が決まったら、その場所から移動に負担のない範囲で、その物件を探し始めます。 そしてそこで台本の内容と照らし合わせ、その外観や室内がイメージに合っているようであれば、早速ロケ交渉に入ります。

ロケ交渉は、地方都内を問わず、どんな会社のどんな番組の撮影をさせて頂きたいかを、まずは概ね担当者に説明していくところからスタートとなります。

もし興味がなければ、大抵はこの時点で断わられます。 その場合は、また次の候補を探さなければなりません。

ですが、ここでもし運よく、興味を示された場合、さらに詳しい説明をしていく事になります。 それは例えていうならその物件を使ってどのようなモノを撮影するのか? 等です。 作品全体の内容自体もそうですが、例えばそれが企業であれば、宣伝に繋がるものなのかどうか、イメージダウンにはならないか等、細かい部分の説明も忘れてはならない訳ですね。

つまり撮影は許可出来ても事件性があるものはダメ。勿論銃撃戦や殺人シーンは論外、という企業は、当たり前の話ですが、この時点でNGとなってしまうからです。

しかしこういった部分を秘密にしたまま撮影をしてしまうロケ隊も未だに多く、これらの被害にあった物件は、例え好意的であったとしても、この時点でトラウマになってしまうようで、“二度と来ないでくれ!”となるのが一般的になってしまいます。

かくしてこちら側の条件である立地、イメージ、環境、スケジュール等と、物件側の興味、宣伝効果、スケジュール、使用料等の折り合いが付けば、晴れて撮影がGO!という事になる訳です。

しかし制作担当には息吐く暇もありません。

それが地方ロケなら尚更で、ロケには慣れていないこれらの物件をフォローする為、クランクイン前日、地方へ行く日、撮影の前日、ロケ当日の朝、その直前と、数回にも分けて、撮影に伺う旨を伝える連絡を入れなければならないのです。

それくらい念を押してこそ、地方ロケにおける初めての物件は成立するのですよ。

そしてあの日…

これらのフォローに加えて、その直前、制作担当が今から伺う旨を、直接告げに物件に赴きました。 期待高まるその企業は日曜にも関わらず多くの社員が、見学に訪れていました。

そしてその現場への移動直前。 無情にも、監督から、その物件のシーンを丸ごとカットというお達しがあったのです!

ロケ隊は、何事もなくその物件を飛ばして次へ移動して行きました。

そして一人残った制作担当は、この残念な結果を知らせる為、重い足を引きずってその物件を再び訪れたのです。

「おおー!!!」

扉が開いた瞬間、その物件のボルテージは芸能人見たさでやって来た日曜出勤の社員や家族達で最高頂に達していたそうです。

僕は、その場に立っていた制作担当の心境を、想像する事も出来ません。

いや、それ以上に、このロケを快諾してくれた、物件のその後を思うと、とても辛くてたまりません。

後日、この件を唯一知っている制作担当と僕は、この物件へ、出演者のサインを届けに行きました。

ロケ隊のメインスタッフ達は、この件すらも未だ知りません。

こうした陰の努力が、せめて作品に反映されますように。

そして無駄にもなりませんように。

頑張れ! 縁の下の力持ち!!

制作担当様!

piyo度指数 −120パーセント
posted by piyota at 20:19| 東京 ????| Comment(6) | TrackBack(0) | 拝啓 ○○部様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

ボクが車両部になった伏線を考える

僕と車両部の関係は、およそ17年前に遡ります。

その頃の僕は、いわゆるペーぺーのカメラアシスタントで、こと取材やロケともなると自社の所有するワゴン車を自ら運転し、何度も何度も事故りそうになっていた時代でした。f^_^;

ただその時の先輩の、「運転する時はもちろんのこと、例え助手席であろうとも、決して居眠りをするでない」という教え、これはつまり、見える風景は全てのロケハンに繋がるということ。 そういった目に見えるものは、カメラマンになるんだったら無駄に見過ごすな! という、ありがたいお言葉のお陰で、今現在も車に限らず、他の移動手段においても、乗り物では眠らないという体質が身に染み付き、今思えば、それがそもそものドライバー体質の創成、こちらの業界へと流れてくる伏線の第一歩であったのではないかなと思っています。

そして車両会社の存在を知ったのも、ちょうどその頃でした。

理由は定かではありませんが、いつもなら自社のワゴンを使用する、ワイドショー等の取材で、当時六本木にあった某テレビ局は、我々に同社ロゴ入りの、しかもドライバー付きの車両、通称ENG車を宛てがってくれたのです。

これはなんと便利なことか!

道順も調べる必要はなく、駐禁や駐車場への回送といった煩わしい問題にも一切ノータッチ。 そして何よりも早い! どんどん裏道へと回避していく。 なるほど、今思えば車両部さんって、なんてありがたいものだったんだろう… と、思い出しついでに、その時の移動で、その若いドライバーさん、新宿に向けて明治通りを移動中、渋滞にはまるやいなや、直ぐ様裏道へ。 しかしこの先のT字路が恐ろしく狭く、それでも強引に右折! なんと壁に車を擦りながらも、無理矢理に曲がってしまったのです。 そしてその時発した言葉が、こう。

「まぁ、いっか。」

僕はこの時、車をぶつけても決して怯むことのなかったこのドライバーさんが、無性に頼もしく且つ力強かった(笑)のを、17年たった今でも忘れる事が出来ませんでした。 ある意味この出来事も伏線のひとつだったのかもしれません。

そして僕はその後、出版社に移り、ビデオカメラマンとして活動するようになりました。

この時も基本的には、自社の車を自分達で運転し、ロケやロケハンに行くスタイルでやっていたのですが、ある意味名前のあるタレントが乗る時や、地方等への遠出になる時には、それこそロケバス屋さんに仕事を依頼するようにしていました。

そしてその時頻繁に来て頂いていたドライバーさんが、1にスピード、2にスピードの3、4が無くて、5に安全(笑)のような人だったのです。

つまりそれがどの程度かと申しますと…

新潟から東京までに、抜かれた車がフェラーリ1台だけという、物凄い伝説的な方だったのですよ。 しかもこちらはバスだったのに…

そして何度か仕事をしているうちに、少し仲良くなったこのドライバーさんに、僕は事もあろうにこんな事をお願いしたのです。

「運転席に座ってみてももいいですか?」
これが今からおよそ14年前。 僕が初めてロケバスの運転席に座った日。 ロケバスに乗るようになる5年も前の出来事だったのでした。

そして現在…

ある意味では、なるべくしてなったロケバスドライバーの道。

僕は、その当時と何も変わらないドライバーの姿を、自分の中に写しています。

それがプロのドライバーなんだと。

いや…

そっか、なんの進歩もないってことじゃんか(笑)
posted by piyota at 21:17| 東京 ????| Comment(7) | TrackBack(0) | 人物列伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

あの人の言葉

ある日のロケでの事。

夕食のお弁当を配り終えた僕は、ロケバスの中にて、出されたゴミや空き缶等を整理していました。

そこへ助監督に連れられた、あの人がやって来たのです。

助監 「じゃあ、お弁当でも食べて、お待ち下さい」

慣れた感じでバスに乗り込んで来たその人は、年の頃は60代後半。 少し着飾った風体の、ベテラン女優のようでした。

その人 「このお弁当、これどっちがどっちかって聞いていいかしら」

pi  「あ、すいません、まだ食べてないので、分かりません(笑)」

その人 「た○ばなのお弁当ね? と言うことは肉か魚よね…」

pi  「ええ多分…お好きな方をどうぞ」

その人 「ドライバーさんも食べればいいじゃない、もう食べてもいいんでしょ?」

pi  「あ、はい、最後に頂きます」

その人 「もう大丈夫よ、食べなさい」

pi  「はい、ありがとうございます」

その人 「ところで、ここ分かり難かったでしょ?」

pi  「え?この現場の場所ですか?」

その人 「私の家この近所なのよ。 だから今日は自転車で来ちゃったの」

pi  「えっ、そうなんですか?」

その人 「少し早めに来てたんだけど、現場がおしてるって連絡があって、大分待たされたわ」

pi  「どうもすいません(汗) なにしろロケ初日でしたからね…(苦)」

その人 「まぁいいんだけど」

pi  「は、はい、すいません…(恐)」

その人 「そうそう、あの現場の下は銭湯なのは知ってた?」

pi  「えー、そうなんですかぁ〜!(知ってる…)」

その人 「近所だから、入りに来たこともあるのよ」

pi  「良いところですものね(苦)」

その人 「そうでもないのよ。 下町だから」

pi 「いえいえ…(汗)」

その人 「あら、ごめんなさい。 お弁当食べて」

pi 「あ、はい。 いただき… ます」

その人 「どうぞどうぞ」

そこへ助監督が現れる。

助監 「お弁当食べ終りましたら、現場の方へ来て下さい」

その人 「あらそう?」

その後その人は、お弁当をたいらげるとバスを出て行きました。

僕はその人が、あまりにもよく話しかけてくるので、きっと心にゆとりのあるベテランの女優さんだと思い、正直会話のやりとりにヒヤヒヤしていたのですが、スケジュールに書いてあるその人の名前を見て、僕は愕然としたのです。


《近所のおばちゃん》



これがその人の役名件名前だったのです… 近所のおばちゃん役のエキストラさん…

きっと大物に違いない。 (-.-;)
posted by piyota at 22:16| 東京 ????| Comment(8) | TrackBack(0) | 人物列伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月15日

本隊バスというものは…

さて、ロケ関係車両には色々な業界専門的な呼び方がある訳ですが(笑)、その代表的なのが、例えばロケバスで言えば、ほぼ車両親玉としての存在である、本隊バスと呼ばれるものに始まり、別バスやEXバス(通称トラバス)、また車両部が請け負う主な車両として、美術トラック(通称美トラ)や、別トラック(通称べっトラ)と呼ばれるものの他、メイン車と呼ばれるものや、監督車、キャスト車、メイク車等という、各者専用名の付けられた車両、そして先発車や後発車、バラシ車等のいわゆる行為名が付けられた車両が多数存在するのですね。

そこでそれら各車両のネーミングの由来なんですが、まわぁ分かりにくい表現なものでいうと、まずは本隊バス。 これはつまり、軍艦でいえば空母みたいなもの。 色々なパートの人間や、色々なパートの荷物を同時に一気に運ぶ任務上、昔からこう呼ばれているようですね。 ですから現場到着に関して例えてみると、駆逐艦である制作車が先のりし、巡洋艦である機材車や照明車が戦闘準備を整え、そして最後に空母である本隊バスで、戦闘機や爆撃機に見立てたスタッフを送り込む、といった具合なんです。

それから、EXバス(通称トラバス)ですが、これはいわゆるエキストラバス。 主にエキストラが多い日に、イレギュラーで発注されるもので、別バスと間違われやすいのですが(特に正式な分かれ目はないけれど)、別バスは同じイレギュラー発注でも、エキストラだけに限らず、時にはスタッフやメインキャスト、先発やバラシ等でフレキシブルに使われる事もある為、僕はEXバスとの違いは、この部分で分けられると認識しています。

そしてお気付き方もいらっしゃるとは思いますが、“別”という呼び方。 まぁこれは、そのままの意味なんですが(笑)、つまり同じ動きをしたい車両が足りない場合や、その日だけ別の動きをしたい時に発注された車両に対する呼び方で、1号、2号といった表現の代わりに使われています。 ですから、これらの車両が更に増えると、3号、4号ではなく、別々トラック(通称べつべっトラ)とか、別々別トラック(通称べつべつべっトラ)とかと呼ばれるように… 多分なります(^。^;)

また行為名で呼ばれる車両の多くは、制作部の運転する車両や、劇用車等に振り分けられ、メイク準備のスタッフや、美術準備のスタッフ等の送迎用に、本隊とは区別され、こう呼ばれています。

そんな訳で、今日は久々の本隊バスをやっているのですが、準備班が先発し、監督やらなんやらはメイン車に乗り、他のパートスタッフも各車両。

結局、本隊バスの本隊出発には、スクリプターと、録音部の合計2人が、寂しく乗っただけでした。

これが果たして本隊と呼べるのか!?

空母に飛行機がたったの2機じゃ、囮と間違われても仕方がない…

「…あの、ほ、本隊着きましたけどぉ」

「…」

「ほら、誰も気付かない…」
posted by piyota at 22:58| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

サンダーバード

15時00分―

17時の衣裳積み込みには少し早いけど、積み込み場所が住宅街にある為、少し早めに行ってバスが止められるかどうか確認でもしようかと思い、そのまま駐車場を出発。

その直後、事務所より突然の電話。

「大至急、同僚の救援に向かってくれ! 積み込みはこちらで対応する」(実際はもっとしどろもどろ(笑))

一体何が起ったかも知らされず、急遽行き先を変更するハメに。

そして、とりあえずそのままの状態で現場へ向かう。

その間にも、ご丁寧に目的地までの道路渋滞情報だけは、刻一刻と伝えられてくる。

そしてようやく、その概要が明らかにされる。 どうやら、同僚のロケバスが、何やらトラブルに巻き込まれたらしい。 その処理と対応をしている間に、こちらのロケバスに荷物を全て積み変えて、次の現場に向かって欲しい… と、こういう事なのだ。

つまり、同僚は処理を引き続きするので、僕が代わりに、そのロケを引き継げという事だ。

まずい、ハッキリ言って油断した。

てっきり、自分が入れ換えで、その車両を引き取って戻るのかと思っていた。 当初この日は衣裳積み込みのみ。 よっていわゆるドラマロケ用の準備は、かなりおろそかになっている。

果たして特機を載せ変える為のラッシングベルトは、用意されているか?

さらにメイク用の電源が入るか?とか、例えばゴミ袋のような必要最小限の備品は積んであるか?とか、そういった運行前車両点検以外の項目についての用意が不完全である事が心配になってくる。

他にも、着いて直ぐ様次の現場に行く為の道順はどうか?とか

積みかえるにあたり、どのような手順で、そしてどのように人を配置すれば、一番早く積みかえられるか?とか。

そして何よりも皆が無事であるのかどうか…

そういった事を考えながら、走っていると、こっちまで危なくなりそうだ。

トラブル発生から、およそ45分。 同僚のロケバス発見!

しかし既に搭乗スタッフの姿は無く、全ての手続きもほぼ完了しており、どうやら当該ロケバスも何事もなく走行可能のよう。

とりあえず2台で次の現場に向かい、迷惑を掛けた制作部にも、お伺いを立てる。



結局そのまま積みかえ無しで、更に次の現場へ向かう同僚を見送来る事になった。

ふう。

少しばかり安堵の溜め息を吐く。 が、しかしここで、再び電話が鳴る。

「代わりに行ってもらった衣裳の積み込み車両に、どうやら衣裳が載りきらないらしい。 大至急、積みかえに戻ってくれ」(実際は、もっとまどろっこしい(笑))

まるでサンダバードになったみたいな気分だ。(~_~;)

まぁ、明日は我が身と思えば、これ位の事は、なんでもない… としておこう。
posted by piyota at 08:24| 東京 ????| Comment(5) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

unlucky day  

色々な事があった今週。

僕の所属している会社は、今回の件に関しては、全く何も聞いては来ませんでした。

それよりも、現場より戻った翌日、僕が乗車していた車を、内勤の社員と社長自らが、せっせと洗車しているのを見た時に、今回の一件の全てを物語っていたかのように思います。

まぁそんな訳で、会社は翌日より僕に3連休を与えてくれました。 どちらかというと、僕に会いたくないとする会社側の策略にも思えたのですが、それはいつもの事なので(笑)、それをありがたく頂く事にしました。

この日は朝から天気も良く、家からさほど遠くはないという事もあって、ロケでは毎度毎度お馴染みではあるのですが、実際にはプライベートでも行った事の無い横浜方面へと出掛ける事にしてみました。

まずは中華街。 ここもロケでは年に数回は訪れる場所なのですが、何しろ車なんか路駐するスペースが近くにはあまりないので、いつもどこか離れた場所にぽつーんと一人待機。 なので実際にじっくり見て歩くのは、この日が事実上初めてといっても過言ではありませんでした。 

少しでも仕事の嫌な事を忘れて、プライベートな気持ちで、ゆっくり横浜を満喫出来ればと、楽しみにしていたこの横浜ツアー。 しかしこの後、僕のこのウキウキ気分は、奈落の底へと突き落とされてしまったのです。

中華街で食事をし、徒歩で赤レンガ倉庫へと向かっていた時の事です。 赤レンガの駐車場に、見慣れたカラーリングのマイクロバスが一台止まっているのが見えたのです。

「いかん、ありゃロケバスだ!」

少し独特の形状をしたタイプのロケバス。 この形を採用しているのは、今のところ2社しかいない。 そしてあのラインはまさしく… いやいや詮索するのはよそう。 見なかった事にしよう。 やがて裏側には大きなステージ。 どうやらライブイベントのロケのようです。 なら、知っているスタッフはいなさそう。 安心して移動を再開する事にしょう。 すると今度は、海岸沿いの駐車場にロケバス2台と、ワゴン車が2台止まっているのが目に入りました。

「あれ? その辺で撮影ですか?」

いやー、違う違う。 そんな素人みたいな事死んでも口には出来ない。 それにほら、誰も乗ってないし、近くに誰もいないではないですか。 きっと、ただの観光客です。 キャリアはあるけど… ロケバスなんかじゃないやい。 気のせい気のせい、と。 そしてそこから大きな変わった形の歩道橋を上がり、ワールドポーターズへ向かう。 が、しかし、その歩道橋の上から目にしたものは… またしても… 因縁の…

「特機が積んであるよ、あのロケバス。 じゃあ今度こそドラマのロケだ!」

さて? 特機ってなんだっけ? そんな専門用語なんて知りません。 おまけに汽車道ではベース広げて歩道なんか陣取っている。 お巡りさんが2人いるが、どう見たってありゃエキストラだよ。 えっ、いやいや、ロケってそうかなぁーって思いまして。 あれが制作部で、こっちがAP。 そんでもって、この辺が助監督… こいつは本当にまずい。 ぜーったい誰か知っている奴がいるに違いない。 遠回り遠回り。 汽車道を避けて、コスモワールドから、ランドマークタワー方面へ。 そしてそのまま車を止めてある中華街方面へと戻る事にしよう。 今度は先ほどのロケ隊を避けるため、街中の国道を歩いて行く事に。

「あっ、照明トラック!!」

目の前の道を通過して行く、ある照明会社のトラックとワゴン車。 うっ。 国道は色々な意味で危険だ。 裏道の一通を行こう。 運転していると大丈夫なのに、歩いていると道に迷いそう。 よし、あの横断歩道を渡って… むむ? あの横断歩道に跨って止まっているワゴン車は… あ、明らかにあれはロケ車です。 その2台後ろにはまたまた別のロケバスだよ。 

「あの横断歩道は、渡れないでしょ…」

結局また国道に戻る。 何故だ。 どうしてだ。 どうして付き纏うんだ。 これじゃ折角のオフが台無しだ。 諦めて中華街へ戻る事にしよう。 ここならロケ車はいない筈だ。 今の時間は歩行者オンリー。 中華まんでも買って… 

「回りました! よーい!!」

歩行者用になっている道路の真ん中に立っているカメラマンとディレクター。 

「あ、しゅ、取材ですか? ご苦労様です… ほんとに… ほんとに…」

僕はロケ隊が嫌いです。 
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2005年12月08日

車両部のプライドを賭けて

車両部の仕事は、ロケに必要な車両を提供し、また、それぞれのロケ地へと、スタッフや荷物を、安全かつ迅速に輸送をすることにあります。

ですから当然ロケには必要なパートだと自負していますし、勿論、他のパートとは、その格差もないと思っています。

しかし一部のパートの中には、車両部をただの“運転手”と考えているところも、未だに多いのが現実です。

現場に着くなり、すぐ居眠りをしている車両部。 忙しく働いているのを横目で見ながら車から降りても来ない車両部。 

恐らく、僕等を名前ではなく、「運転手さん」と呼ぶスタッフの多くは、こういった目に見える姿でしか、結果的には僕等のことを判断出来ず、それは、誰よりも早く集合場所へ来てるとか、食事は一番最後に摂っているとか、皆を解散場所へ送り届けた後にする掃除とか、そういった見えない所での仕事に対しての気遣いには、それこそ気づいてさえも貰えないのが実際なのです。

それは今回の仕事にしてもそう。

実際、現場は連日の大所帯。 しかも地方ロケで、毎日が慌しく、気温も低い。 当然、僕等車両部を統括する制作部は、それらメインスタッフやキャストに対する気遣いでいっぱいいっぱい。 ですから、我が車両部に対する気遣いは当然二の次三の次。 時には宿にすし詰め、時には食事を忘れさられ、時にはバラシを忘れられと、その扱いは下の下だったのです。

しかし我々も東京から応援で来た身ですし、制作部の苦労は百も承知ですから、そんな制作部の手助けになるよう、配車時間を自ら管理伝達し、時にはすし詰めの宿から自腹で撤退し、時には忘れ去られた食事は自分で買い、時にはバラシ忘れ去られて2時間も待ちぼうけを食らうとも、何とかその手を煩わせないよう、車両部なリの気遣いを持って、今回の現場に挑んでいたのです。

そんな応援東京車両部隊、3社4名の努力を、あの一言が襲いました。

「態度が気に入らないから、ドライバーを1人変えてくれ。」

この支持を受けた車両統括の制作部は、僕等になんの相談も無しに、これを担当車両会社にそのまま報告。 事実関係も確認することなく、すんなりドライバーチェンジの運びとなる。 

統括制作部、担当車両会社、チェンジされたドライバーの所属車両会社ともに、このドライバーをフォローすることもなく、あえなく制作会社のプロデューサー?の一言に屈してしまったのです。

当然僕等の憤りは隠せません。 ここで担当車両会社の唯一のドライバーが、自身の会社へ電話します。 「俺も辞める!」の一言で、慌てた担当車両会社が、説得の為に、部長を送り込んできました。 そしてやっと、僕等の意志を胸に、統括制作部との話し合いの場を持ってくれたのです。

結果…

僕と担当者両会社のドライバーは、この現場を後にする事にしました。 いかなる理由であろうとも、仲間に対する仕打ちには、やはり納得がいきません。 ここで何事もなく、「はいそうですか」と引き下がっては、今後の車両部全体にも影響が出かねない。 「下の下は気に入らなければ簡単に切り捨てろ!」という、最も幼稚で卑劣な、自分の権力を棒で振るった態度には、やはりこの場合は、自分の仕事を失ってでも抵抗するべきではないか。

今回の一件で分かった事は、まず自分の身は自分で守れという事。 会社は何もしてくれない。 会社なんてものは、権力、そしてクライアントの前ではまさに無力という事です。

今回、この事件の後、東京車両部隊3社4名のうち、3名が14日の期間もたずして、6日で現場を去りました。 

そして…

今も東京車両部隊1名が格闘しています。 

宿にも入らず、8日目の車中泊で…  


追伸 京都の最も大きな撮影関係会社には、皆さんも気を付けて下さい。
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2005年12月07日

強制撤収せよ! 東京車両隊の反乱

事件は、突然にやって来ました。

京都組静岡ロケの5日目、東京組車両部隊に衝撃の一報が入ったのです。

「1人、気に入らないドライバーがいるので、変えてくれ。 そうしないと明日以降監督が作品を撮らないと言っている」

僕がこの知らせを聞いたのは、5日目の午後9時過ぎ。 ロケ終わりで、その監督なんかを病院へ連れて行った帰りでした。

ことの発端は、恐らくこう。

メインスタッフを乗せていた東京組ロケバスドライバーの所へ、この組へ顔を出して2・3日のプロデューサー?が、朝の出発前に現れ、「昨日の雪が懸念されるので全車両チェーンを巻くように」と言う。 つまりこの辺には雪が無いけど、現場には雪があるかもしれないから、宿を出る時に既に付けて行けという事なのです。

“あるかも”というのは、“確認はしていない”という事。

更に前日の大雪当日は、スタッドレスであるというのを制作部には伝えてあり、チェーン無しでも走行可能である事は実証済みだったのです。 勿論このやりとりをプロデューサー?は、見ていた訳ではありませんから、既にコミュニケーション不足の行き違いなのですが、ドライバーは、そういう指示ならと、とりあえずチェーンを付けました。 しかし、宿から当の雪があるであろう現場までは数キロの国道を行った先。 勿論その間は、鉄のチェーンを巻いたままコンクリートの国道を走らなければならないのです。 鉄のチェーンを巻いてコンクリートの上を走るという事は、乗り心地が悪い。 よってドライバーは当然スピードを制限する必要があります。 しかしこれに対し指示を出したプロデューサー?が、こう言ったそうです。 「もっとスピードは出ないのか?」と。 こうなると言われたドライバーが怒るのも無理はありません。 「チェーンを巻いてるからスピードは出せない。 スタッドレスだから、チェーンを外しても問題ないと思う」と、告げる。 ここでプロデューサー?は「スタッドレスとは聞いていなかった。 ならチェーンを外そう」と言い出したそうです。

結果、外した状態で現場まで辿り付き、チェーン問題は、スタッドレス車には、ただの取越し苦労となったのです。

ですが、プロデューサー?は激怒です。 ドライバーの態度が悪いと…

よって今回の担当車両会社へと、制作部から連絡が行きます。

「ドライバーを変えてください。」

それを聞かされた僕等は、当然憤りを感じました。 この話の顛末を、そのドライバー1人の責任に100%押し付けていいものか?

何の話し合いもなく、頭ごなしに気に入らないからクビにしろ! というのは、一流企業の一社員が行うにしては、あまりにも感情的かつ幼稚過ぎはしないか?

その日の深夜、そのドライバーが静岡を去った後、残った僕等3人は、わざわざ東京から駆け付けた、その担当車両会社の部長を交え話し合いをしました。

僕等の言い分は、「いかなる理由があろうとも、何の話し合いもなく、同僚をクビにするような現場では、この先14日までの現場を、何のわだかまりなく熟す自信はない」でした。

この後、部長が制作と会い、話し合いをした結果…



…続く。
posted by piyota at 20:22| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月06日

ロケ隊遭難せり!!

チーム京都を迎えた静岡ロケ4日目のこと。 富士山麓でロケをしていた我々を、突如大雪が襲いました。

この作品、実はテレビドラマのスペシャル版なのですが、そのスケールは、その領域を越えて、まるで予算アリアリの超大作。

スタッフキャスト総勢100名余り、スタッフそして劇用車両は、その数合わせると、なんと40台を越えるという大所帯なのです。

まぁ余談ですが、これを東京都内でやろうと思ったら、車を整理して止めるだけで、約半日は費やすだろうという位大規模なもの。

そしてこの日も、そんな大所帯が、富士山麓の山の中に集結していたのです。

この日の予報は、夕方からの雨。 幸いこの日の撮影は、ほぼ雨降らしの予定でしたから、朝から準備万端、なんの躊躇いもなく、ロケの開始となりました。

しかし…

天気は予想に反して、お昼前からの雨。 そして、その雨はさらに雪へと変わり始めたではありませんか。

それでもロケは、一応続きました。 運よく森林内での撮影の為、一面が白くなる事は免れたものの、一歩外へ出た、その他の場所は、道路、車両共に、全くの銀世界へと包まれてしまったのです!

そして、準備の悪い事に、その半分以上がノーマルタイヤのまま。 タイヤチェーンすら積んでいない状態だったのです。

さらに雪は降り積もります。

そして、そんな状況とは夢にも思わないスタッフの撮影は尚も続きます。

そんな撮影の裏側で、各車両代表が集められ、通称チェーン会議が開かれました。 チェーンの有無やサイズの確認。 無い車があれば、早急に手配しなければなりません。

さらに運が悪い事に、ここは車両駐車スペースが、両サイドを登り坂に囲まれた谷底だから、まさに泣きっ面にハチ。

よって最初の犠牲者が早くも現れました。

つい先程、先に終わったチーム特機部の2トントラックが、坂を上がる事が出来ずに立ち往生して片方の道を塞いでしまったのです。

これはヤバイ。 大至急応援を!

数十分後、自衛隊のトラックに牽かれて現場を去って行くチーム特機のトラック君。

ドナドナドーナードーナー。

いよいよ現実的になってきました。 これでノーマルタイヤ組は全滅確定。

この日、この地方での初雪とサンデードライバーわんさかの日曜が重なり、タイヤ屋等は、はち切れんばかりの大盛況。 果たしてチェーンの在庫が残っているかどうかさえも懸念され…

そんな状況の中、僕は一足先に現場を後にしました。 担当キャストが早々に終わってしまったからです。

「いやー、それにしてもスタッドレスタイヤって素晴らしい!」

そして辺りが、暗闇に包まれた頃、現場から撮影中止の連絡がありました。

結局、前後に自衛隊の車両が付いての大脱出劇になってしまったそうです。

自衛隊の皆さんありがとう!

撮影隊御一行様、話題提供ありがとう!

また明日。
posted by piyota at 22:50| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月04日

東京vs京都 U

ロケ隊の楽しみ、そして特権といえば、ただ飯が随時食べられる事。(笑)

つまりロケ弁が唯一の楽しみと言っても過言ではない訳ですが、それが実はそうではなかったというのが、今回のロケで痛感したの事の一つです。

常日頃、東京組が食しているロケ弁というものは、通常お茶付きで800円と呼ばれるもの。 中にはお茶無しで800円というものや、お茶無しで700円というものも時々ありますが、この値段の差は、強いて言えば、オカズ一品の差、または彩り一色分の差でしかないのです。

しかし長年この仕事をやっていると、その辺には敏感になるスタッフもかなり多いようで、一品少ないと瞬間で分かるようになり、「これ700円だろ?」等と、突っ込んでくる強者もいたりして、弁当を発注する制作進行君にとっても、かなり厄介な問題になっているようなんですよ。

が、しかし、こうしたやりとりは、まだかわいい方で、どうやら京都組にしてみると、この件に関して言えば、問題になるまでもない状況らしいのです。

京都組は、まず時代劇に代表されるように、古くから、映画やテレビの世界で常に先頭を歩いて来ました。 ですから、そのスタッフは、今でも古き良きベテランが多数在籍し、それこそ、そんじょそこらの俳優なんかでは、頭の上がらない人達が、実際はまだまだ多いんですね。

ですから、そのスタイルは、昔ながらのものが、未だに守られていると言っても過言ではない訳ですよ。

例えばその独特のロケスタイルとでもいいますか、僕も詳しくは分からないのですが、ロケバスというのは、単に人を運ぶだけのもので、勿論車内には衣装等も載ってなく、ましてや撮影特機等を載せるキャリアもありませんし、車内でメイク直しをすることも、移動しながらの食事とかも(笑)、皆無なんだそうです。

全てをロケバス内で行うというのは、予算が掛けられなくなった現代の、象徴とでも言えるのかもしれません。

更に京都のロケバスは極端な話、現場にスタッフ、キャストを降ろしたら、そのまま一度車庫に戻ってしまうというのも聞いた事もあります。

以前京都ロケへ行った時、地元の車両会社のドライバーが言っていましたが、メイク台や衣装ポール、電源の取れるインバーターがついているロケバスを見て、「東京のロケバスって、こんなに改造してるんだ」と言われて、正直戸惑ったものでしたが、前述のロケ弁にもそれは言える事で、一度京都のスタッフが東京スタイルでロケをした時、我々が少々飽々していたロケ弁を食べて「ロケ弁うまいっす!」と言っていたのも、実はこうした裏付けがあったのです。

静岡ロケ初日朝。

朝食はオニギリ2個とちょっとしたオカズ。 これは東京でもポ○イに代表される典型的な朝食スタイルですが、驚くのはその昼食です。

なんと昼食もオニギリ2個とちょっとしたオカズなのです。 しかも見るからに朝食より小さくグレードが落ちてる!!

onigiri.jpg

しかもこれはスタッフだけではなく、主役キャストも文句も言わずこれなのですよ。
なるほど、「ロケ弁うまいっす!」の意味が、ようやくここで分かりました。

きっと東京組は、ことロケ弁に関して言えば、贅沢の境地だったんですね。

ロケバスにしても然り、バスにはなんでもあるとか、用意されてるとか、勘違いをしているスタッフが多い東京組は、その恵まれた環境から抜け出し、一度、その元祖京都スタイルを経験してみるべきなのかも知れませんね。

きっと皆さん、大人になって帰って来る事でしょう。
posted by piyota at 22:38| 東京 ?J| Comment(2) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月02日

東京vs京都!?

昨日より、京都の制作会社の制作作品が、静岡でインするというので、東京より3社の車両部併せて4人が、応援で招集されました。

この作品は京都のスタッフがメインで構成され、我々東京車両部隊は、東京からのキャスト送迎が中心という事になっていたのです。

そしてその前日の移動日。

我々東京車両部隊は、キャスト数十人を積んで夕方に新宿を出発し、夜8時半ごろ静岡の現地に入りました。

ですがここで、我々東京車両部隊は、京都撮影部隊の洗礼を受ける事になるのです。
まずは、その宿泊部屋。

我々東京車両部隊は、京都車両部隊と共に専用車両部部屋として、屋根裏部屋みたいな中広間に、押し込まれる事になりました。

しかし、先に到着した京都車両部隊10数人によって、後に到着した我々のスペースは既に占領され、挙げ句の果てに「なんだこいつら」というような白い目で見られる始末。

更に、その宿に用意されていなければならなかった筈の我々の夕食も、手違いで足りなくなっており、結局バレ飯を食べに行くという悲惨な状況になってしまったのです。

こんな感じでこれから2週間。 本当にうまくやって行けるのでしょうか。 先行が不安でしょうがありません。

そして昨夜、結局東京車両部隊4人のうち僕を含めた2人が、宿泊施設前の駐車場での車中泊をを与儀なくされました。

しかし、これからの2週間、多分このシステムが改善される事はないでしょう。

僕等にとって、この上なく長い2週間が、無事、精神的に無傷で終りますように。

未だかつて誰も踏み込まなかった、約14日にも及ぶ連続車中泊が、現実のものとなりませんように。

そして明日より、更に京都車両部隊が、追加になるという噂があり、僕等はいよいよもって確実に居場所がなくなりそうです。

尚、制作部はこの件に関し、“自分達も酷い”というのを理由に、突っぱねを決め込んでいます。

これはきっと、一東京車両部隊スタッフには、聞く耳すら持つ必要はないという事なのでしょう。

恐らく今年最後であろう、一大イベントのロケーション。

我々東京車両部隊は、その一年の締めくくりに、本場京都の“古き良き時代”を、体感する事となるのです。
posted by piyota at 00:40| 東京 ????| Comment(7) | TrackBack(0) | ロケ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月01日

師走に新しい試みを語る

車両部は流れものの巣窟です(笑)。

若いうちから技術や精神を学び、地の底から這上がって来る他のパートの新人スタッフとは違い、以前は全く別の仕事をしていたとか、たまたま免許を持っていただけだとか、実は運転しか取り柄がなかったとか、とかく行き着く先みたいな状態でこの世界に入って来てしまうのが今の車両部のほとんどなんですね。(多分)

事実、僕の経歴云々もその多聞に漏れず、プロフィールの通り、色々経験した先の終点であるような書き方であったりする訳ですよ。

しかし実際にはその逆の発想、または一つの通過点としてとらえる場合も無きにしもあらずなんです。

中には、車両部から美術部、さらには映画監督、そしてなんと性格俳優に至るまで、見事に転身を遂げた諸先輩方がいる事を決して見逃してはならないのですね。

つまりこの巣窟から、一人の人間としてさらなるステップアップを目指すという事も、これからはどんどん推奨してもいいのではないかと常々感じてはいたのです。

それは自分自身で例えれば、シナリオ執筆であったり、ブログ作成であったりした訳なんですが、しかしこれではあまりにも具体性に欠けるとも思ったりしています。

さらなるステップアップとは、その延長線上、或いは仕事の繋がりを期待するものではなく、全く別のアプローチから案中模索してこそのものではないのかと最近思うようになって来たのです。

それは周囲、そして自分自身の環境の変化にも強く影響されているものなのですが、かと言って将来を左右するものとして考えた場合、常に不安ばかりがよぎり、ハッキリとした答えが見えてこないのも正直なところ事実なのです。

ただ車両部は幸いにも待ち時間が豊富ですし、これらの時間を有効に使わない手立てはありません。

ここは一つ、この時間を使ってまず何が出来るか? というところから始めるのが、最良の選択ではないか。

いきなり仕事をパッと変えるにしても、それなりに準備は必要。 だから今は、この時間を有効利用して出来る何かから始めるべきなんです。

そこで僕は今、新しい試みを想定中です。
それはロケバスドライバー、もしくは、他のロケ隊が、次なるステップアップとして絶対に考えないもの。

これは、他の職業に置き換えても、当然当てはまります。

それを現実にするには、恐らく数年の準備が必要となるでしょう。 恐らく実現の可能性は半分以上の確率で薄いでしょう。

そしてこれは、自分自身との闘いです。
制限時間およそ3年の、この類まれにみる新しい挑戦。

僕は密かに始動した…
posted by piyota at 22:29| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | ひとり言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする