皆様、いかがお過ごしですか?
この度は、色々とご心配をおかけしました。
私は最近、少し肩の力を抜いて過ごしています。
そして…
皆様とまた現場で会える日が来ることを願っております。
piyota
新着記事
2007年09月10日
2007年08月19日
暫定通達事項
私自身の、この業界に対する意識が大きく変わろうとしています。
勿論自分が21年も歩んできた映像世界ですから、そう簡単に頭から無くせるものではありません。
ですがここ数年、特にこのブログを立ち上げてからは、どこかでやはり、この世界に対する疑問や不信感で満たされていたのではないかなぁと思えるのです。
この仕事を目指して映画学校に入った10代の頃、これは人に夢を与える仕事なんだと、照れくさくも本気で考えていました。
確かに出来上がった作品、また、劇場で見る他の人たちが作った作品を見る事で、時には笑ったり涙した事も正直数え切れませんし、例えばドラマ以外の情報番組やその他の番組等でも、知り得た情報も数知れません。
まさしく私にとっても、ましてや世間にとっても、テレビや映画無くして娯楽は語れないと言っても過言ではないものであったのです。
ならばそういった作品作りを陰で支えるスタッフになろう。 それがこの人生への第1歩でした。
最初の数年は、小さな技術会社でカメラアシスタントとしてワイドショーや情報番組を経験し、次にテレビ番組とは無縁のビデオ映像作りを約7年程していました。 その間、映像への思いは更に膨み、ついに映画やテレビドラマへの希望を見出したのです。
そこで私は、更なる自分の活路として、これらスタッフ全てをサポート出来る業務を選びました。 それは一つのパートに固執しない車両部という総合的なサポート業務です。
車両部は、時には制作部の手や足となり、時には撮影部や照明部のアシスタントをし、時には衣裳やメイクの道具を運び、時には監督や助監督の愚痴を聞きます。
これらは全て作品作りの為の、車両部なり、いえ私なりの生きる道であったんですね、及ばずながら…
それが例えばスタッフテロップに名前が載らなくても、例えばその業務内容の全貌が誰にも知られてなくても、それがサポート業務の宿命なのだと自分に言い聞かせながら、今日までがむしゃらに歩んで来たんだと思うのです。
そして車両パートとして区切りの10年が経ち…
テレビドラマ(映画)作りは相変わらずです。 毎日毎日密度の濃いタイトなスケジュールに何の疑問も持たない勤勉なスタッフたちは、日々襲い来る睡魔と戦いながら、果たしてこれが報われるのであろうか等とは一切考える余裕すらなく日々を過ごしています。
そして我々車両部と呼ばれるドライバーは、作品を制作する会社とは独立したそれぞれの車両会社の元、いわば安全運転が原則の法律の中で、各スタッフや荷物を無事に現場へと届け、尚且つ現場では、それらスタッフのサポートをすることを、今現在も疑いもなしに生業としているのです。
しかし近年、状況は変わりつつあります。
車両会社は、社会の風潮や世間の非難等を受けて、ロケ業界より真の独立(旅客業へと)をしなければならなくなってしまったのです… (真の独立とは、あえて言うなら、この業界における長時間労働、長距離運転等のドライバーに掛かる今までの過度の負担が、労働基準法等によって全否定されるということ)
このブログを始めてから丸2年の月日が流れました。 その間、書き込んだ記事の数はおよそ342にも及びます。 コメント数は1183を数え、訪れて下さった方々も気が付けば有難いことに10万人を遥かに超えておりました。
自分自身でも、ここまで長く書き続けられるとは正直思ってはいませんでした。 これも偏に訪れて下さった皆々様方、そしてコメント下さった各方面各スタッフの皆々様方の陰ながらの応援(失笑?)に、それこそ僕自身が支えられていたからに他なりません。
また身勝手な言い分にも関わらず、言いたいことも言わずに暖かく見守って下さった多くのスタッフやその他の皆々様方にも深く感謝すると共に、これからもこの業界で働き続ける意思を持った多くの諸先輩方、同業種、同僚、そして新たな目標としてこの世界に夢を見出そうとしている若者たちにとっても、このブログが、良くも悪くも何らかの形で役に立てたのであれば、それはそれでとても幸いだったと思っています。
この度、真の独立を受けた業界より、当ブログの内容がチクリになるのでは? との不可解な指摘を受け、一緒に働く同僚や仕事仲間のことも考慮して、あえてブログ自体を暫定自粛する事にいたしました。 より良い環境作りの為を思ってのことでしたが、どうやら今回は逆効果に終わってしまったようです。
皆様にとって、全身全霊を捧げられる良き業界でありますように…
またいずれ、どこかでお会い致しましょう!!
※ 尚、以前書いた記事の中には、それなりに皆様の参考になるような内容のものも実際あるかと思いまして、ブログ自体はそのままの状態で残しておこうと思っています。
piyota
勿論自分が21年も歩んできた映像世界ですから、そう簡単に頭から無くせるものではありません。
ですがここ数年、特にこのブログを立ち上げてからは、どこかでやはり、この世界に対する疑問や不信感で満たされていたのではないかなぁと思えるのです。
この仕事を目指して映画学校に入った10代の頃、これは人に夢を与える仕事なんだと、照れくさくも本気で考えていました。
確かに出来上がった作品、また、劇場で見る他の人たちが作った作品を見る事で、時には笑ったり涙した事も正直数え切れませんし、例えばドラマ以外の情報番組やその他の番組等でも、知り得た情報も数知れません。
まさしく私にとっても、ましてや世間にとっても、テレビや映画無くして娯楽は語れないと言っても過言ではないものであったのです。
ならばそういった作品作りを陰で支えるスタッフになろう。 それがこの人生への第1歩でした。
最初の数年は、小さな技術会社でカメラアシスタントとしてワイドショーや情報番組を経験し、次にテレビ番組とは無縁のビデオ映像作りを約7年程していました。 その間、映像への思いは更に膨み、ついに映画やテレビドラマへの希望を見出したのです。
そこで私は、更なる自分の活路として、これらスタッフ全てをサポート出来る業務を選びました。 それは一つのパートに固執しない車両部という総合的なサポート業務です。
車両部は、時には制作部の手や足となり、時には撮影部や照明部のアシスタントをし、時には衣裳やメイクの道具を運び、時には監督や助監督の愚痴を聞きます。
これらは全て作品作りの為の、車両部なり、いえ私なりの生きる道であったんですね、及ばずながら…
それが例えばスタッフテロップに名前が載らなくても、例えばその業務内容の全貌が誰にも知られてなくても、それがサポート業務の宿命なのだと自分に言い聞かせながら、今日までがむしゃらに歩んで来たんだと思うのです。
そして車両パートとして区切りの10年が経ち…
テレビドラマ(映画)作りは相変わらずです。 毎日毎日密度の濃いタイトなスケジュールに何の疑問も持たない勤勉なスタッフたちは、日々襲い来る睡魔と戦いながら、果たしてこれが報われるのであろうか等とは一切考える余裕すらなく日々を過ごしています。
そして我々車両部と呼ばれるドライバーは、作品を制作する会社とは独立したそれぞれの車両会社の元、いわば安全運転が原則の法律の中で、各スタッフや荷物を無事に現場へと届け、尚且つ現場では、それらスタッフのサポートをすることを、今現在も疑いもなしに生業としているのです。
しかし近年、状況は変わりつつあります。
車両会社は、社会の風潮や世間の非難等を受けて、ロケ業界より真の独立(旅客業へと)をしなければならなくなってしまったのです… (真の独立とは、あえて言うなら、この業界における長時間労働、長距離運転等のドライバーに掛かる今までの過度の負担が、労働基準法等によって全否定されるということ)
このブログを始めてから丸2年の月日が流れました。 その間、書き込んだ記事の数はおよそ342にも及びます。 コメント数は1183を数え、訪れて下さった方々も気が付けば有難いことに10万人を遥かに超えておりました。
自分自身でも、ここまで長く書き続けられるとは正直思ってはいませんでした。 これも偏に訪れて下さった皆々様方、そしてコメント下さった各方面各スタッフの皆々様方の陰ながらの応援(失笑?)に、それこそ僕自身が支えられていたからに他なりません。
また身勝手な言い分にも関わらず、言いたいことも言わずに暖かく見守って下さった多くのスタッフやその他の皆々様方にも深く感謝すると共に、これからもこの業界で働き続ける意思を持った多くの諸先輩方、同業種、同僚、そして新たな目標としてこの世界に夢を見出そうとしている若者たちにとっても、このブログが、良くも悪くも何らかの形で役に立てたのであれば、それはそれでとても幸いだったと思っています。
この度、真の独立を受けた業界より、当ブログの内容がチクリになるのでは? との不可解な指摘を受け、一緒に働く同僚や仕事仲間のことも考慮して、あえてブログ自体を暫定自粛する事にいたしました。 より良い環境作りの為を思ってのことでしたが、どうやら今回は逆効果に終わってしまったようです。
皆様にとって、全身全霊を捧げられる良き業界でありますように…
またいずれ、どこかでお会い致しましょう!!
※ 尚、以前書いた記事の中には、それなりに皆様の参考になるような内容のものも実際あるかと思いまして、ブログ自体はそのままの状態で残しておこうと思っています。
2007年06月22日
100%の確率
つい先日、自身2番目に勤めていた某出版社が、破産して潰れたというニュースがインターネットにて流れていました。
これで今までに退職した3社全てが、僕の退職後に、何らかの理由により消滅したことになります。
果たしてタイミングがいいのか悪いのか。
そして現在…
10年在職中の会社は、どうやら僕の存在を快く思っていない様子。
まぁこれも、与えられたタイミングなのかもしれません。
今後の展開が楽しみです。
これで今までに退職した3社全てが、僕の退職後に、何らかの理由により消滅したことになります。
果たしてタイミングがいいのか悪いのか。
そして現在…
10年在職中の会社は、どうやら僕の存在を快く思っていない様子。
まぁこれも、与えられたタイミングなのかもしれません。
今後の展開が楽しみです。
2007年06月03日
けイかほウこク
ろくがつ くらやみのせいかつ3にちめ
しーんとしずかなせかいにいると いろんなことがあたまにうかんでくる
いままでのこと これからのこと たのしかったこと かなしかったこと おとうさん おかあさん ぽちのほえるこえ
これはおとなになるためのてすとだっていってたけど そんなのぼくにはぜんぜんわからない
きっとぼくがわるいことをしたから くらやみにいれられたんだ
だらだらとしていたから かみさまがおこっているんだ
ぼくのしごとはろけばすどらいばあだけど いまはてよりもくちのほうがちょっとうごくみたい
そんなことより もっとじぶんをつよくしなきゃいけないのに かなしんでばかりいる
みんなたいへん みんなかわいそう みんながんばっている
ぼくはちっともおとなじゃない
くらやみのせいかつは ぼくにじかんをくれるし なにをしたらいいかと おしえてくれる
そうおもったら すこしだけどまえがあかるくなってきた
ろけばすどらいばあとてれびのしごとをもうちょっとしろうっておもう
6がつ3にち ピよた
しーんとしずかなせかいにいると いろんなことがあたまにうかんでくる
いままでのこと これからのこと たのしかったこと かなしかったこと おとうさん おかあさん ぽちのほえるこえ
これはおとなになるためのてすとだっていってたけど そんなのぼくにはぜんぜんわからない
きっとぼくがわるいことをしたから くらやみにいれられたんだ
だらだらとしていたから かみさまがおこっているんだ
ぼくのしごとはろけばすどらいばあだけど いまはてよりもくちのほうがちょっとうごくみたい
そんなことより もっとじぶんをつよくしなきゃいけないのに かなしんでばかりいる
みんなたいへん みんなかわいそう みんながんばっている
ぼくはちっともおとなじゃない
くらやみのせいかつは ぼくにじかんをくれるし なにをしたらいいかと おしえてくれる
そうおもったら すこしだけどまえがあかるくなってきた
ろけばすどらいばあとてれびのしごとをもうちょっとしろうっておもう
6がつ3にち ピよた
2007年05月30日
リスクマネジメント
このブログを始めた2年前の6月、その記録的猛暑期間中での連続長時間駐車場待機が、このブログを継続するキッカケとなったと言っても、もはや過言ではないかも知れません。
当時の僕は午前6時半より翌日の午前0時までの連続約17時間となる駐車場での待機を、6月の都内としては異例の37℃という記録的炎天下の中で体験していました。 しかもこれが更に連続何日にも及んだものですから、その長い待機期間中にできる新しい取り組みをしよう、ということで今日のpiyotaブログを構築するに至ったのです。
つまり長時間の待機と記録的な気候と当時の過酷なロケ内容がブログの継続を決定的なものとした訳なんですね。
そんな記録的猛暑が、去年の冷夏を撥ね除けて再びやってくるという今年の6月。
スケジュール通りであれば、連続長時間駐車場待機という嬉しくも悲しい現実が再び待ち受けることとなります。
しかもこの度の待機時間は、午前8時より翌日の午前0時と多少は短いものの、その日程は約2週間にも及び、その期間内は1度も現場移動のない、いわば朝夜の送迎のみに終始するという、まさに2年前を彷彿するような仕事内容であったのです。
ですが炎天下でのジリジリとした茹るような車内での待機であった2年前と違う点がただ1つ。 実は約16時間にも及ぶ今回のミッション全てが地下駐車場内という閉鎖された空間だということです。
勿論このロケ期間中は撮休もあるでしょうけれど、単純に見積もっても1日16時間の地下駐車場待機を約2週間として、その合計がおよそ224時間。
暑さ寒さを感じず、明るいのか暗いのか、天候さえも分からないような蛍光灯だけの静かな世界に約224時間の待機をしなければならないという今回のロケは、例えその半分を寝て(笑)過ごしたとしても、およそ100時間以上は、別の何かに取り組まなくてはならず、勿論地下ですからテレビやラジオ、ましてや携帯等の電波系は全く届かずの状態にあり、現場もまた町場のスタジオ同様、連続した日程の為、搬出搬入は既に済んでおり、制作部ですらお茶セットの前に日夜居座るくらい何も手伝うことが無いような、完璧に車両部的無の状態なのです。(撮影は5月末より既に同じ体制にて開始されております)
とにかく新しい何かを考えなければ、間が持ちません。
そこで今回は、僕自身空いた時間を利用し、もっともっと活字を読むことにしました。 まず現場到着後には一般の新聞紙を約2時間かけて読破し、続けて主に自己啓発に関する書物や日本という国を改めて知る内容の本をいくつか厳選して読み、更に忘れがちな一般の常識に関する問題集を解く…
これが1日のザッとした流れ。
何故、そこまでする必要があるのか、正直自問自答の繰り返しです。
はっきり言って「もっと楽に過ごせばいいのに…」と、皆に笑われてしまいそうな裏スケジュールです。
ですが今の自分には危機感があります。
それは明日の我が身を保障する確かなものが現時点では何もないからです。
もしかしたら、堅い殻を破ろうとしてもがいている自分が、そこにはいるのかもしれません。
新しい何かに挑戦しようとしていた2年前同様、改めて自分自身を見つめ直す有意義な時間を与えられ、必死に何かに取り組もうとしている自分。
自分にできることとは一体何なのか?
これから将来に向けて何をすべきなのか?
間もなくブログをはじめて丸2年が経とうとしています。
恐らく書いている僕自身がその答えを探し求めている、一番の読者なのかもしれません。
当時の僕は午前6時半より翌日の午前0時までの連続約17時間となる駐車場での待機を、6月の都内としては異例の37℃という記録的炎天下の中で体験していました。 しかもこれが更に連続何日にも及んだものですから、その長い待機期間中にできる新しい取り組みをしよう、ということで今日のpiyotaブログを構築するに至ったのです。
つまり長時間の待機と記録的な気候と当時の過酷なロケ内容がブログの継続を決定的なものとした訳なんですね。
そんな記録的猛暑が、去年の冷夏を撥ね除けて再びやってくるという今年の6月。
スケジュール通りであれば、連続長時間駐車場待機という嬉しくも悲しい現実が再び待ち受けることとなります。
しかもこの度の待機時間は、午前8時より翌日の午前0時と多少は短いものの、その日程は約2週間にも及び、その期間内は1度も現場移動のない、いわば朝夜の送迎のみに終始するという、まさに2年前を彷彿するような仕事内容であったのです。
ですが炎天下でのジリジリとした茹るような車内での待機であった2年前と違う点がただ1つ。 実は約16時間にも及ぶ今回のミッション全てが地下駐車場内という閉鎖された空間だということです。
勿論このロケ期間中は撮休もあるでしょうけれど、単純に見積もっても1日16時間の地下駐車場待機を約2週間として、その合計がおよそ224時間。
暑さ寒さを感じず、明るいのか暗いのか、天候さえも分からないような蛍光灯だけの静かな世界に約224時間の待機をしなければならないという今回のロケは、例えその半分を寝て(笑)過ごしたとしても、およそ100時間以上は、別の何かに取り組まなくてはならず、勿論地下ですからテレビやラジオ、ましてや携帯等の電波系は全く届かずの状態にあり、現場もまた町場のスタジオ同様、連続した日程の為、搬出搬入は既に済んでおり、制作部ですらお茶セットの前に日夜居座るくらい何も手伝うことが無いような、完璧に車両部的無の状態なのです。(撮影は5月末より既に同じ体制にて開始されております)
とにかく新しい何かを考えなければ、間が持ちません。
そこで今回は、僕自身空いた時間を利用し、もっともっと活字を読むことにしました。 まず現場到着後には一般の新聞紙を約2時間かけて読破し、続けて主に自己啓発に関する書物や日本という国を改めて知る内容の本をいくつか厳選して読み、更に忘れがちな一般の常識に関する問題集を解く…
これが1日のザッとした流れ。
何故、そこまでする必要があるのか、正直自問自答の繰り返しです。
はっきり言って「もっと楽に過ごせばいいのに…」と、皆に笑われてしまいそうな裏スケジュールです。
ですが今の自分には危機感があります。
それは明日の我が身を保障する確かなものが現時点では何もないからです。
もしかしたら、堅い殻を破ろうとしてもがいている自分が、そこにはいるのかもしれません。
新しい何かに挑戦しようとしていた2年前同様、改めて自分自身を見つめ直す有意義な時間を与えられ、必死に何かに取り組もうとしている自分。
自分にできることとは一体何なのか?
これから将来に向けて何をすべきなのか?
間もなくブログをはじめて丸2年が経とうとしています。
恐らく書いている僕自身がその答えを探し求めている、一番の読者なのかもしれません。
2007年05月24日
休日自主トレ
ロケバスドライバーは、時には一度も足を踏み入れたこともいような未開の地へ、いきなり大きなロケバスを乗り入れて行かなければなりません。
と言っても基本的には、撮影前に一度そういった場所を下見するロケハンというものもある訳ですが、運良くロケに参加するドライバーがそのロケハンに同行できる可能性は極めて薄く、その場合は、ロケハンをした制作部の意見や作製した地図、既存の地図等からイメージそして判断をして、現場への道順等を自ら考慮して行かなければならないのです。
という訳でこの度のロケ地、どうやら一筋縄では行かない様子。 というのもロケハンに行った制作サイドでさえ道順を考えてしまうような駅前の住宅街がその候補であり、そこへどうやってロケバスや美術トラック等の大型車を放り込むのかが、最大のネックポイントとなっているからなんです。
駅前交番のお巡りさんですら首を捻ってしまうような大型車ルート。
なんとその道程には、道が狭いだけではなく、右折禁止の標識や小学校の通学路といった、ありとあらゆる障害が立ち並び、地図を作製した制作サイドですら、「マイクロが曲がれるかどうか…」と、より不安を煽る様な有様だったのです。
「行くしかないです」という、制作サイドの冷たいお言葉。 ですが、行って曲がれず、現場に辿り着けずでは、どんな言い訳も通用はしません。
そこで僕は、幸いにも前日が撮休となったのを利用し、ここは一つ自主的にロケハンを慣行しようではないかということで、マイカーにて現場までのルートを下見してみることにしたのです。
まずは最初の進入ルートの確認。 しかしここで早速のトラブル。 なんと制作サイドが用意した右折進入ルートが中央分離帯によっていきなり妨げられているのです。 ここは×。 よって別の進入ルートの確認。 並行する隣の道路は分かりやすいが、先の大通りで右折禁止の標識。 更に別の進入ルートの選択が必要。 次に駅前へのルート。 対向車が来た時点で×。 ここは運次第(笑)かも。 そして小学校の脇道。 ここは7時45分より8時45分までが通行止め。 しかし大型ルートはここしかない為、それ以前またはそれ以後の通過が原則。 そして最後にマイクロが曲がれるかどうかと言われた交差点。 これは制作サイドが言うほどの狭さではなく、僕自身の判断で曲がることは可能とす。 そして駅前の止め位置。 う〜ん、狭い。 後は整理の仕方次第といったところでしょうか。
実際に見てみて、確かに普通車で通っても狭いと感じはしましたが、決して行けない道ではないと判断できました。 ですがこれを知っているのと知らないのでは、やはり緊張の度合い、心構えが違います。 事実、通れず引き返すともなれば、現場に与える影響は大ですし、更に現場間のスムーズな移動等を考慮すれば、ドライバー自身に前もって土地勘を与えるのは、そのロケ現場にとっても、決して無駄な予算ではないと思うのです。
今回の都内メインロケハンは、予算の都合でドライバーの参加が認められませんでした。 まぁそれだけ信用されているのだと思えば、悪い気がしないとも言い換えられますけれども…
と言っても基本的には、撮影前に一度そういった場所を下見するロケハンというものもある訳ですが、運良くロケに参加するドライバーがそのロケハンに同行できる可能性は極めて薄く、その場合は、ロケハンをした制作部の意見や作製した地図、既存の地図等からイメージそして判断をして、現場への道順等を自ら考慮して行かなければならないのです。
という訳でこの度のロケ地、どうやら一筋縄では行かない様子。 というのもロケハンに行った制作サイドでさえ道順を考えてしまうような駅前の住宅街がその候補であり、そこへどうやってロケバスや美術トラック等の大型車を放り込むのかが、最大のネックポイントとなっているからなんです。
駅前交番のお巡りさんですら首を捻ってしまうような大型車ルート。
なんとその道程には、道が狭いだけではなく、右折禁止の標識や小学校の通学路といった、ありとあらゆる障害が立ち並び、地図を作製した制作サイドですら、「マイクロが曲がれるかどうか…」と、より不安を煽る様な有様だったのです。
「行くしかないです」という、制作サイドの冷たいお言葉。 ですが、行って曲がれず、現場に辿り着けずでは、どんな言い訳も通用はしません。
そこで僕は、幸いにも前日が撮休となったのを利用し、ここは一つ自主的にロケハンを慣行しようではないかということで、マイカーにて現場までのルートを下見してみることにしたのです。
まずは最初の進入ルートの確認。 しかしここで早速のトラブル。 なんと制作サイドが用意した右折進入ルートが中央分離帯によっていきなり妨げられているのです。 ここは×。 よって別の進入ルートの確認。 並行する隣の道路は分かりやすいが、先の大通りで右折禁止の標識。 更に別の進入ルートの選択が必要。 次に駅前へのルート。 対向車が来た時点で×。 ここは運次第(笑)かも。 そして小学校の脇道。 ここは7時45分より8時45分までが通行止め。 しかし大型ルートはここしかない為、それ以前またはそれ以後の通過が原則。 そして最後にマイクロが曲がれるかどうかと言われた交差点。 これは制作サイドが言うほどの狭さではなく、僕自身の判断で曲がることは可能とす。 そして駅前の止め位置。 う〜ん、狭い。 後は整理の仕方次第といったところでしょうか。
実際に見てみて、確かに普通車で通っても狭いと感じはしましたが、決して行けない道ではないと判断できました。 ですがこれを知っているのと知らないのでは、やはり緊張の度合い、心構えが違います。 事実、通れず引き返すともなれば、現場に与える影響は大ですし、更に現場間のスムーズな移動等を考慮すれば、ドライバー自身に前もって土地勘を与えるのは、そのロケ現場にとっても、決して無駄な予算ではないと思うのです。
今回の都内メインロケハンは、予算の都合でドライバーの参加が認められませんでした。 まぁそれだけ信用されているのだと思えば、悪い気がしないとも言い換えられますけれども…
2007年05月21日
リアルトラバス

♪ホントにホントにホントにホントにトラバスだ〜
やっぱこれでしょ?
2007年04月26日
休まずの美学
我々日本人は特に、人よりも働いている自分こそが美しい、と思う傾向が強いように思われます。
その中でも日本のロケ隊は、特筆していると言っても過言ではない訳ですね。
あれ程の大ヒットをたて続けに飛ばす(仕事量も多そうな)天下の某映画大国ですら、食事時間や終了時間を必ず決めて、スタッフや俳優たちを大事に休ませているのに、我が国のスタッフは逆に休むことを恐れ、他の人よりも長時間の労働に明け暮れることで己の不安を打ち消し、更に家庭にまで仕事を持ち帰ってまで身体を酷使してもいっぱいいっぱいの生活を強いられ、賃金は時給に直せば恐らく20円そこそこ…(泣)といった過酷な現実の中にいるのです。
片や、大変な現場をまるで自慢話のように話し、家庭を顧みず撮影所や車内で寝泊まりをしながら、休みが無くても働き続ける日本のロケ隊の方々。
片や、その約半分の労働時間に安定した収入と休日を誇る(推定)家庭第一主義の某映画大国スタッフの方々。
果たして、50年後も衰退せずに映像を作り続けられる環境はどっちなのでしょうか?
日本人(ロケ隊)よ、休んでもバチはあたりませんよ。
それでもバチを与えるような業界は、もう時代遅れなのですから。
その中でも日本のロケ隊は、特筆していると言っても過言ではない訳ですね。
あれ程の大ヒットをたて続けに飛ばす(仕事量も多そうな)天下の某映画大国ですら、食事時間や終了時間を必ず決めて、スタッフや俳優たちを大事に休ませているのに、我が国のスタッフは逆に休むことを恐れ、他の人よりも長時間の労働に明け暮れることで己の不安を打ち消し、更に家庭にまで仕事を持ち帰ってまで身体を酷使してもいっぱいいっぱいの生活を強いられ、賃金は時給に直せば恐らく20円そこそこ…(泣)といった過酷な現実の中にいるのです。
片や、大変な現場をまるで自慢話のように話し、家庭を顧みず撮影所や車内で寝泊まりをしながら、休みが無くても働き続ける日本のロケ隊の方々。
片や、その約半分の労働時間に安定した収入と休日を誇る(推定)家庭第一主義の某映画大国スタッフの方々。
果たして、50年後も衰退せずに映像を作り続けられる環境はどっちなのでしょうか?
日本人(ロケ隊)よ、休んでもバチはあたりませんよ。
それでもバチを与えるような業界は、もう時代遅れなのですから。
2007年04月16日
シフトダウン
今年に入ってからの数ヶ月、月に10日は現場に出ていない日があったのに、今月の忙しさたるやなんたることか。(これが普通…)
前もってシフト表に張り出されている予定は、ことごとく前日には覆されて、出張から帰ってくると、いきなりまた別の出張へ飛ばされてしまったりして、オチオチ家でくつろぐ事も出来ません。
僕なんかはまだいい方で、2週間の地方ロケから帰ってきた翌日からまた別の地方へ行かされる者や、地方まで車両搬送だけを担当しそのまま電車で帰郷させられる者、また反対に電車にて現地入りする者など、現在の我が社のシフトは、ほとんど自転車操業みたいな有様です。
それなのに新しい発注の仕事は断らずに、益々苦しい状況を生み出す我が社の考えは、僕自身ちょっと理解し難い部分があります。
仕事を請ければそれだけ利益があるとは思うのですが、結局社内ではカバー仕切れずに、外注や丸ごと別会社に投げたりして、挙句の果てには損失に繋がったりしているのです。
色々なシガラミも大事だと思うのですが、
もうちょっと、出来る範囲でやればいいのに…
シフトダウン。
運転も仕事の量も、心のブレーキが必要です。
※ 別トラって、日記書く暇無いって、今頃気づきました(笑)
前もってシフト表に張り出されている予定は、ことごとく前日には覆されて、出張から帰ってくると、いきなりまた別の出張へ飛ばされてしまったりして、オチオチ家でくつろぐ事も出来ません。
僕なんかはまだいい方で、2週間の地方ロケから帰ってきた翌日からまた別の地方へ行かされる者や、地方まで車両搬送だけを担当しそのまま電車で帰郷させられる者、また反対に電車にて現地入りする者など、現在の我が社のシフトは、ほとんど自転車操業みたいな有様です。
それなのに新しい発注の仕事は断らずに、益々苦しい状況を生み出す我が社の考えは、僕自身ちょっと理解し難い部分があります。
仕事を請ければそれだけ利益があるとは思うのですが、結局社内ではカバー仕切れずに、外注や丸ごと別会社に投げたりして、挙句の果てには損失に繋がったりしているのです。
色々なシガラミも大事だと思うのですが、
もうちょっと、出来る範囲でやればいいのに…
シフトダウン。
運転も仕事の量も、心のブレーキが必要です。
※ 別トラって、日記書く暇無いって、今頃気づきました(笑)





