技術会社にて機材積み込み後、その機材車で第1現場へ向う途中、渋谷本隊集合の筈であるカメラマンより、機材車内のVEに謎のメールが届きました。
『後は、任せた』
????
それは、我々が第1現場へ到着する、ほんの数分前の出来事だったのです。
第1現場へ到着すると、既にメイク先発であるロケバスや俳優車、それに制作車等が道端を陣取っていました。
この後は、撮影開始までの間を、俳優のメイクスタンバイや、朝食を摂ったりしながら、本隊(監督やカメラマン等のメインスタッフ)の到着を待つ訳です。
しかし我々撮影部チームはその間も、先程のメールの意味する事に、俄に不安を募らせ始めていたのです。
本隊到着。 しかしその車両には、やはりカメラマンの姿形は見当たりません。 そして本隊を担当した制作部より、驚愕の事実を知らされました。
何とカメラマンは、カ、カメラマンは、本隊出発の時間に起きたらしいのです!!
その事実を知らない現場では、着々と撮影の為の準備が進められていました。
カメラマンが現場に到着するのが、最低でもおよそ1時間。 その間の現場を一体どう繋ぐのか?
監督と制作、そしてVEは話し合いました。 まずはやるかやらないか。 カメラマンを待つべきかどうか、やるなら誰がカメラマンをするのか。
とりあえずVEは、夜勤明けであろう同社カメラマンに片っ端から連絡をとります。 が… こういう日に限って誰も捕まらない様子。
VE「策が途絶えた(笑)」
もう開き直るしかありません。 結論はGOでぇす。 そして何とカメラマンに抜擢されたのが、入社4年目の若手カメラアシスタント君だったのです。
これは監督も英断です。 しかもこのシーン全てが三脚無しのオールハンディ(手持ち)。 つまりよりによって、最もカメラマンとしてのセンスが試されるワークだったのです。
しかしこれは彼にとっても、まさにビッグチャンス。 最低でもカメラを振るまでには5年以上は掛かると言われているこの業界で、しかもテレビドラマのメインカメラを振る訳ですから。
現場は、にわかに変な緊張で包まれ出しました。 主演俳優も、心配かつ微笑の面持ちです。
ヨーイ! ハイッ!!
カメアシ君はついにやり遂げました。 そりゃテイクは幾つも重ねましたが、ちゃんと本番を無事こなしたのです。
そして2カット目の段取りの最中、ようやくカメラマンが到着しました。 これで現場に、いつもと同じ空気が流れるかと思いきや、そのカメラマン、カメアシ君の所へ来て、「もう一個やっとくか」と。 そう言われた時のカメアシ君の表情はまさに顔面蒼白でした。 余程、生きた心地がしていなかったのでしょうね。
結局、2カット目より、本来のカメラマンが従来通りカメラを振ることになり、逆に当初予定していたスケジュールよりも早く、この現場を終了することになりました。
カメアシ君の華麗なるデビューのお陰で、現場に遅れが出ることは無かったのです。
しかしここで、カメアシ君にとって、思ってもみなかった事態が発生したのです。
それはこんな監督の何気ない一言から生まれました。
監督「せっかくだから、1カット目撮り直していい?」
まさに幻のデビュー作。
頑張れカメアシ君! 1カットの重みが理解出来ただけでも、貴重な経験となることでしょう。
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2006年05月29日
2006年04月09日
僕のヒーロー
僕には、師匠として崇拝している方がいます。 これは、僕が憧れのその方に出会うまでの物語です。
その昔、僕が映像専門学校の撮影技術科に在籍していた頃、卒業するにあたり希望就職先を学校に提出するという作業がありました。
勿論、同じ科の同級生達の多くは、撮影技術会社や撮影所の撮影部、フリーのカメラマンの助手等を希望していたのですが、その頃の僕には、既に人とは違った世界の目標があったのです。
撮影技術科コース piyota 第1希望就職先
「カースタント屋さん」
そうです、こともあろうに当時の僕は、撮影技術とは全く関係の無いカースタント業界を目指そうとしていたのでした。
僕は子供の頃より、壊れている車が好きで(笑)、勿論事故現場を見掛ける機会等はある筈もなく、いつしかテレビや映画の世界でそれを楽しむようになりました。
しかし予てより、スタントマンという職種の存在があまりにも特殊であり、就職する方法(この場合、就職と言っていいのか…)すら分からなかった為、とりあえず映像の世界には入りたいという希望を胸に、専門学校にだけは進んだのです。
そこで僕は、運命的な作品に出会いました。
当時僕が頻繁に出入りしていた撮影所において、ある有名な刑事もののドラマが撮影されていたのです。 この作品はアクションあり笑いあり、それでいて当時の作品としてはスタイリッシュで、カッコいい。 当然カーアクションは毎回あり、それを間近で見られる環境にいたお陰で、そのスタントをしている会社の名前を、そこで初めて知る事が出来たのです。
僕は早速、その会社の名前を就職希望欄に書き入れました。
ですが…
学校側はあっさりとこれを否定。 前例が無いのと、やはり危険であると判断されてしまったのです。
いつしか僕は、撮影技術会社へ就職し、その後出版社へと移ってからは、アクションとは程遠い存在の映像世界を追求し始めました。
きっと本当に好きだったのなら、無理をしてでも、その会社の門を叩くべきだったのですが。
その程度の夢… 本当は正直怖かったのかもしれません。
そして8年の月日が流れ、僕は再びテレビや映画の世界へ戻ってきました。 しかしその転職した先が一番地味な車両部(笑) 僕はここで心機一転、サポート業務を志すことにしました。
しかしここで、またもや運命の出会いが僕を待ち受けていたのです!
実は車両部とカースタントは相互関係にあり、なんと僕の就職した会社は、当時一世を風靡していた、あの刑事ドラマのカースタントを担当した会社と仲が良かったのです。
しかも同じ現場に、そのドラマで主役の吹き替えやメインスタントを担当した、業界でもカリスマ的存在のスタントマンでもあり、僕にとって十年来の憧れの方が来ていたのです!
見た目はかなりコワモテなのですが、話をしてみると以外に優しいその人は、生まれながらのスタントマンと言っても過言ではないような人でした。
その華麗なスタントは、ほとんどが練習無しの一発勝負であり、どのような難しいスタントであろうとも顔色一つ変える事なく、難無くクリア-してしまうのです。
僕は、こと現場が一緒になる度に、その人に色々な技を見せてもらいました。 話も沢山聞かせて貰いました。
そこでまず驚いたのが、二人共、カースタントマンを描いた映画「マッハ78」という地味過ぎる位の日本映画が、この世界に興味を持つきっかけになったのだという事です!
これにはその方も、「この映画知ってるなんて通だねぇ」と驚いていました。 僕はその時、何故か優越感に浸っていたのを覚えています(笑)
しかし最近では、映画でもスタントシーンが減り、カースタント業界自体も衰退してきていると聞かされました。 確かに簡単なスタントシーンは車両部が担当する事もしばしば。
ですが、この少ない中でキッチリと仕事をこなす職人的な技をを見る度に、僕はプロとして、そして男としての生き様を見せられているような気がしてなりません。
そんなスタントマンの方々は、今でも僕の中のヒーローなのです!!
もし劇中において、急ブレーキを掛けた車に、主人公が跳ね飛ばされそうになったならば…
「バカヤロー あぶねぇじゃねぇか!!」
と言っているドライバーが、大抵はスタントマンの方々です(笑)
スタントマンの方々は、そのほとんどが画面に顔を出すことはありません。
ですから、その数少ない勇姿を目に焼き付けてあげて下さい。
その昔、僕が映像専門学校の撮影技術科に在籍していた頃、卒業するにあたり希望就職先を学校に提出するという作業がありました。
勿論、同じ科の同級生達の多くは、撮影技術会社や撮影所の撮影部、フリーのカメラマンの助手等を希望していたのですが、その頃の僕には、既に人とは違った世界の目標があったのです。
撮影技術科コース piyota 第1希望就職先
「カースタント屋さん」
そうです、こともあろうに当時の僕は、撮影技術とは全く関係の無いカースタント業界を目指そうとしていたのでした。
僕は子供の頃より、壊れている車が好きで(笑)、勿論事故現場を見掛ける機会等はある筈もなく、いつしかテレビや映画の世界でそれを楽しむようになりました。
しかし予てより、スタントマンという職種の存在があまりにも特殊であり、就職する方法(この場合、就職と言っていいのか…)すら分からなかった為、とりあえず映像の世界には入りたいという希望を胸に、専門学校にだけは進んだのです。
そこで僕は、運命的な作品に出会いました。
当時僕が頻繁に出入りしていた撮影所において、ある有名な刑事もののドラマが撮影されていたのです。 この作品はアクションあり笑いあり、それでいて当時の作品としてはスタイリッシュで、カッコいい。 当然カーアクションは毎回あり、それを間近で見られる環境にいたお陰で、そのスタントをしている会社の名前を、そこで初めて知る事が出来たのです。
僕は早速、その会社の名前を就職希望欄に書き入れました。
ですが…
学校側はあっさりとこれを否定。 前例が無いのと、やはり危険であると判断されてしまったのです。
いつしか僕は、撮影技術会社へ就職し、その後出版社へと移ってからは、アクションとは程遠い存在の映像世界を追求し始めました。
きっと本当に好きだったのなら、無理をしてでも、その会社の門を叩くべきだったのですが。
その程度の夢… 本当は正直怖かったのかもしれません。
そして8年の月日が流れ、僕は再びテレビや映画の世界へ戻ってきました。 しかしその転職した先が一番地味な車両部(笑) 僕はここで心機一転、サポート業務を志すことにしました。
しかしここで、またもや運命の出会いが僕を待ち受けていたのです!
実は車両部とカースタントは相互関係にあり、なんと僕の就職した会社は、当時一世を風靡していた、あの刑事ドラマのカースタントを担当した会社と仲が良かったのです。
しかも同じ現場に、そのドラマで主役の吹き替えやメインスタントを担当した、業界でもカリスマ的存在のスタントマンでもあり、僕にとって十年来の憧れの方が来ていたのです!
見た目はかなりコワモテなのですが、話をしてみると以外に優しいその人は、生まれながらのスタントマンと言っても過言ではないような人でした。
その華麗なスタントは、ほとんどが練習無しの一発勝負であり、どのような難しいスタントであろうとも顔色一つ変える事なく、難無くクリア-してしまうのです。
僕は、こと現場が一緒になる度に、その人に色々な技を見せてもらいました。 話も沢山聞かせて貰いました。
そこでまず驚いたのが、二人共、カースタントマンを描いた映画「マッハ78」という地味過ぎる位の日本映画が、この世界に興味を持つきっかけになったのだという事です!
これにはその方も、「この映画知ってるなんて通だねぇ」と驚いていました。 僕はその時、何故か優越感に浸っていたのを覚えています(笑)
しかし最近では、映画でもスタントシーンが減り、カースタント業界自体も衰退してきていると聞かされました。 確かに簡単なスタントシーンは車両部が担当する事もしばしば。
ですが、この少ない中でキッチリと仕事をこなす職人的な技をを見る度に、僕はプロとして、そして男としての生き様を見せられているような気がしてなりません。
そんなスタントマンの方々は、今でも僕の中のヒーローなのです!!
もし劇中において、急ブレーキを掛けた車に、主人公が跳ね飛ばされそうになったならば…
「バカヤロー あぶねぇじゃねぇか!!」
と言っているドライバーが、大抵はスタントマンの方々です(笑)
スタントマンの方々は、そのほとんどが画面に顔を出すことはありません。
ですから、その数少ない勇姿を目に焼き付けてあげて下さい。
2005年12月19日
ボクが車両部になった伏線を考える
僕と車両部の関係は、およそ17年前に遡ります。
その頃の僕は、いわゆるペーぺーのカメラアシスタントで、こと取材やロケともなると自社の所有するワゴン車を自ら運転し、何度も何度も事故りそうになっていた時代でした。f^_^;
ただその時の先輩の、「運転する時はもちろんのこと、例え助手席であろうとも、決して居眠りをするでない」という教え、これはつまり、見える風景は全てのロケハンに繋がるということ。 そういった目に見えるものは、カメラマンになるんだったら無駄に見過ごすな! という、ありがたいお言葉のお陰で、今現在も車に限らず、他の移動手段においても、乗り物では眠らないという体質が身に染み付き、今思えば、それがそもそものドライバー体質の創成、こちらの業界へと流れてくる伏線の第一歩であったのではないかなと思っています。
そして車両会社の存在を知ったのも、ちょうどその頃でした。
理由は定かではありませんが、いつもなら自社のワゴンを使用する、ワイドショー等の取材で、当時六本木にあった某テレビ局は、我々に同社ロゴ入りの、しかもドライバー付きの車両、通称ENG車を宛てがってくれたのです。
これはなんと便利なことか!
道順も調べる必要はなく、駐禁や駐車場への回送といった煩わしい問題にも一切ノータッチ。 そして何よりも早い! どんどん裏道へと回避していく。 なるほど、今思えば車両部さんって、なんてありがたいものだったんだろう… と、思い出しついでに、その時の移動で、その若いドライバーさん、新宿に向けて明治通りを移動中、渋滞にはまるやいなや、直ぐ様裏道へ。 しかしこの先のT字路が恐ろしく狭く、それでも強引に右折! なんと壁に車を擦りながらも、無理矢理に曲がってしまったのです。 そしてその時発した言葉が、こう。
「まぁ、いっか。」
僕はこの時、車をぶつけても決して怯むことのなかったこのドライバーさんが、無性に頼もしく且つ力強かった(笑)のを、17年たった今でも忘れる事が出来ませんでした。 ある意味この出来事も伏線のひとつだったのかもしれません。
そして僕はその後、出版社に移り、ビデオカメラマンとして活動するようになりました。
この時も基本的には、自社の車を自分達で運転し、ロケやロケハンに行くスタイルでやっていたのですが、ある意味名前のあるタレントが乗る時や、地方等への遠出になる時には、それこそロケバス屋さんに仕事を依頼するようにしていました。
そしてその時頻繁に来て頂いていたドライバーさんが、1にスピード、2にスピードの3、4が無くて、5に安全(笑)のような人だったのです。
つまりそれがどの程度かと申しますと…
新潟から東京までに、抜かれた車がフェラーリ1台だけという、物凄い伝説的な方だったのですよ。 しかもこちらはバスだったのに…
そして何度か仕事をしているうちに、少し仲良くなったこのドライバーさんに、僕は事もあろうにこんな事をお願いしたのです。
「運転席に座ってみてももいいですか?」
これが今からおよそ14年前。 僕が初めてロケバスの運転席に座った日。 ロケバスに乗るようになる5年も前の出来事だったのでした。
そして現在…
ある意味では、なるべくしてなったロケバスドライバーの道。
僕は、その当時と何も変わらないドライバーの姿を、自分の中に写しています。
それがプロのドライバーなんだと。
いや…
そっか、なんの進歩もないってことじゃんか(笑)
その頃の僕は、いわゆるペーぺーのカメラアシスタントで、こと取材やロケともなると自社の所有するワゴン車を自ら運転し、何度も何度も事故りそうになっていた時代でした。f^_^;
ただその時の先輩の、「運転する時はもちろんのこと、例え助手席であろうとも、決して居眠りをするでない」という教え、これはつまり、見える風景は全てのロケハンに繋がるということ。 そういった目に見えるものは、カメラマンになるんだったら無駄に見過ごすな! という、ありがたいお言葉のお陰で、今現在も車に限らず、他の移動手段においても、乗り物では眠らないという体質が身に染み付き、今思えば、それがそもそものドライバー体質の創成、こちらの業界へと流れてくる伏線の第一歩であったのではないかなと思っています。
そして車両会社の存在を知ったのも、ちょうどその頃でした。
理由は定かではありませんが、いつもなら自社のワゴンを使用する、ワイドショー等の取材で、当時六本木にあった某テレビ局は、我々に同社ロゴ入りの、しかもドライバー付きの車両、通称ENG車を宛てがってくれたのです。
これはなんと便利なことか!
道順も調べる必要はなく、駐禁や駐車場への回送といった煩わしい問題にも一切ノータッチ。 そして何よりも早い! どんどん裏道へと回避していく。 なるほど、今思えば車両部さんって、なんてありがたいものだったんだろう… と、思い出しついでに、その時の移動で、その若いドライバーさん、新宿に向けて明治通りを移動中、渋滞にはまるやいなや、直ぐ様裏道へ。 しかしこの先のT字路が恐ろしく狭く、それでも強引に右折! なんと壁に車を擦りながらも、無理矢理に曲がってしまったのです。 そしてその時発した言葉が、こう。
「まぁ、いっか。」
僕はこの時、車をぶつけても決して怯むことのなかったこのドライバーさんが、無性に頼もしく且つ力強かった(笑)のを、17年たった今でも忘れる事が出来ませんでした。 ある意味この出来事も伏線のひとつだったのかもしれません。
そして僕はその後、出版社に移り、ビデオカメラマンとして活動するようになりました。
この時も基本的には、自社の車を自分達で運転し、ロケやロケハンに行くスタイルでやっていたのですが、ある意味名前のあるタレントが乗る時や、地方等への遠出になる時には、それこそロケバス屋さんに仕事を依頼するようにしていました。
そしてその時頻繁に来て頂いていたドライバーさんが、1にスピード、2にスピードの3、4が無くて、5に安全(笑)のような人だったのです。
つまりそれがどの程度かと申しますと…
新潟から東京までに、抜かれた車がフェラーリ1台だけという、物凄い伝説的な方だったのですよ。 しかもこちらはバスだったのに…
そして何度か仕事をしているうちに、少し仲良くなったこのドライバーさんに、僕は事もあろうにこんな事をお願いしたのです。
「運転席に座ってみてももいいですか?」
これが今からおよそ14年前。 僕が初めてロケバスの運転席に座った日。 ロケバスに乗るようになる5年も前の出来事だったのでした。
そして現在…
ある意味では、なるべくしてなったロケバスドライバーの道。
僕は、その当時と何も変わらないドライバーの姿を、自分の中に写しています。
それがプロのドライバーなんだと。
いや…
そっか、なんの進歩もないってことじゃんか(笑)
2005年12月17日
あの人の言葉
ある日のロケでの事。
夕食のお弁当を配り終えた僕は、ロケバスの中にて、出されたゴミや空き缶等を整理していました。
そこへ助監督に連れられた、あの人がやって来たのです。
助監 「じゃあ、お弁当でも食べて、お待ち下さい」
慣れた感じでバスに乗り込んで来たその人は、年の頃は60代後半。 少し着飾った風体の、ベテラン女優のようでした。
その人 「このお弁当、これどっちがどっちかって聞いていいかしら」
pi 「あ、すいません、まだ食べてないので、分かりません(笑)」
その人 「た○ばなのお弁当ね? と言うことは肉か魚よね…」
pi 「ええ多分…お好きな方をどうぞ」
その人 「ドライバーさんも食べればいいじゃない、もう食べてもいいんでしょ?」
pi 「あ、はい、最後に頂きます」
その人 「もう大丈夫よ、食べなさい」
pi 「はい、ありがとうございます」
その人 「ところで、ここ分かり難かったでしょ?」
pi 「え?この現場の場所ですか?」
その人 「私の家この近所なのよ。 だから今日は自転車で来ちゃったの」
pi 「えっ、そうなんですか?」
その人 「少し早めに来てたんだけど、現場がおしてるって連絡があって、大分待たされたわ」
pi 「どうもすいません(汗) なにしろロケ初日でしたからね…(苦)」
その人 「まぁいいんだけど」
pi 「は、はい、すいません…(恐)」
その人 「そうそう、あの現場の下は銭湯なのは知ってた?」
pi 「えー、そうなんですかぁ〜!(知ってる…)」
その人 「近所だから、入りに来たこともあるのよ」
pi 「良いところですものね(苦)」
その人 「そうでもないのよ。 下町だから」
pi 「いえいえ…(汗)」
その人 「あら、ごめんなさい。 お弁当食べて」
pi 「あ、はい。 いただき… ます」
その人 「どうぞどうぞ」
そこへ助監督が現れる。
助監 「お弁当食べ終りましたら、現場の方へ来て下さい」
その人 「あらそう?」
その後その人は、お弁当をたいらげるとバスを出て行きました。
僕はその人が、あまりにもよく話しかけてくるので、きっと心にゆとりのあるベテランの女優さんだと思い、正直会話のやりとりにヒヤヒヤしていたのですが、スケジュールに書いてあるその人の名前を見て、僕は愕然としたのです。
《近所のおばちゃん》
…
これがその人の役名件名前だったのです… 近所のおばちゃん役のエキストラさん…
きっと大物に違いない。 (-.-;)
夕食のお弁当を配り終えた僕は、ロケバスの中にて、出されたゴミや空き缶等を整理していました。
そこへ助監督に連れられた、あの人がやって来たのです。
助監 「じゃあ、お弁当でも食べて、お待ち下さい」
慣れた感じでバスに乗り込んで来たその人は、年の頃は60代後半。 少し着飾った風体の、ベテラン女優のようでした。
その人 「このお弁当、これどっちがどっちかって聞いていいかしら」
pi 「あ、すいません、まだ食べてないので、分かりません(笑)」
その人 「た○ばなのお弁当ね? と言うことは肉か魚よね…」
pi 「ええ多分…お好きな方をどうぞ」
その人 「ドライバーさんも食べればいいじゃない、もう食べてもいいんでしょ?」
pi 「あ、はい、最後に頂きます」
その人 「もう大丈夫よ、食べなさい」
pi 「はい、ありがとうございます」
その人 「ところで、ここ分かり難かったでしょ?」
pi 「え?この現場の場所ですか?」
その人 「私の家この近所なのよ。 だから今日は自転車で来ちゃったの」
pi 「えっ、そうなんですか?」
その人 「少し早めに来てたんだけど、現場がおしてるって連絡があって、大分待たされたわ」
pi 「どうもすいません(汗) なにしろロケ初日でしたからね…(苦)」
その人 「まぁいいんだけど」
pi 「は、はい、すいません…(恐)」
その人 「そうそう、あの現場の下は銭湯なのは知ってた?」
pi 「えー、そうなんですかぁ〜!(知ってる…)」
その人 「近所だから、入りに来たこともあるのよ」
pi 「良いところですものね(苦)」
その人 「そうでもないのよ。 下町だから」
pi 「いえいえ…(汗)」
その人 「あら、ごめんなさい。 お弁当食べて」
pi 「あ、はい。 いただき… ます」
その人 「どうぞどうぞ」
そこへ助監督が現れる。
助監 「お弁当食べ終りましたら、現場の方へ来て下さい」
その人 「あらそう?」
その後その人は、お弁当をたいらげるとバスを出て行きました。
僕はその人が、あまりにもよく話しかけてくるので、きっと心にゆとりのあるベテランの女優さんだと思い、正直会話のやりとりにヒヤヒヤしていたのですが、スケジュールに書いてあるその人の名前を見て、僕は愕然としたのです。
《近所のおばちゃん》
…
これがその人の役名件名前だったのです… 近所のおばちゃん役のエキストラさん…
きっと大物に違いない。 (-.-;)
2005年07月28日
世界の中心で私が中心
制作進行といえば、現場になくてはならない存在ですが、その中には個性豊かな人材が、数多く在籍していたりします。
例えば、怒られるのが怖くて、我がままなスタッフのいう事を何でも聞いてテンパってしまうタイプ。 また、そんなスタッフを人とも思わず冷たくあしらい、逆に文句を言わせないタイプ等々。
ここでは、僕が出会った中でも、最もマイペース☆※◎♪な制作進行(A)を紹介したいと思います。
まず(A)とは、2004年の5月、ある二時間ドラマの積み込み時の電話が、最初の出会いとなりました。
以下、電話でのやりとり。
(A):では明日の17時に、制作備品の積み込みに伺いますから。
piyota:では明日の17時に、ロケバスの方でお待ちしております。
そして翌日。 17時を回るも(A)とは連絡取れず、その後2時間待つも音沙汰無し。 よって、(A)の直属の上司である制作主任の(G)に確認を取り、更に翌日に控えた衣裳積み込み時に、その制作備品を積み込むよう、お願いした。
20時過ぎ、ようやく(A)から電話。
(A):piyotaさん、今何処ですか?
piyota:連絡が取れなかったので、バレましたよ。
(A):えー! 帰っちゃったんですか?
piyota:はい、電話しても繋がらないし、何時になるか目処も立たないので、(G)さんにお願いして、積み込みは明日にしてもらいましたよ。
(A):あっ、さっき聞きました。
piyota:そうですか。 では、明日の16時ごろ、○○撮影所に来てください。 そこで積み込みしますから。
(A):えっ、どうしてですか? わたし今積み込み場所にいるんですよ!
piyota:いや、だから…遅れるなら遅れるで連絡一本頂ければ、待ってたんですよ。
(A):午前中電話しましたよ。
piyota:その時は、遅れるとは言ってませんでしたよね?
(A):あっ、はい。 …じゃあ、piyotaさん、今から来て下さいよ。 わたし積み込み場所で待ってますから。
piyota:明日にして下さい。
(A):あー、そうですかー。
piyota:今度からは、ちゃんと連絡下さいね。 僕の方も色々とありますから。
(A):でもpiyotaさん、わたし、今日この後どうしたらいいんですか?
piyota:(G)さんに相談して下さい。
プチッ。 ←電話がキレる。
解説します。
(A)は、制作進行を1年以上しているそうです。 携帯はいつもドライブモードで、留守電にも切り変わりません。 運転は初心者で若葉マーク。 この日は通常30分の道のりに1時間半掛けたそうです。 そして(A)は 、午前中の電話で、全てが僕に伝わったと思い込み安心。 更に僕は、その電話で一度も謝られる事はなく、その後(G)に、“僕の方に色々あった”事が原因だと言い訳したそうです。
僕は何だか、自分が悪い気がしてきました。 とても、酷い仕打をしたのではないかと。
今思い返せば、それはそれでいい思い出です。 その現場で僕は、やはり(A)を、怒ってばかりでしたが、「でも〜」や「だって〜」を繰り返すばかりで、一度も自分の非を認めてはくれませんでした。
中々手強い相手でしたが、もう二度と一緒に仕事をする事はないから、と自分にいい聞かせ、何とか最後まで(A)を見守ってやりました。
しかし…
2005年初め。 僕はまたしても(A)の洗礼を受ける事になるのです。
例えば、怒られるのが怖くて、我がままなスタッフのいう事を何でも聞いてテンパってしまうタイプ。 また、そんなスタッフを人とも思わず冷たくあしらい、逆に文句を言わせないタイプ等々。
ここでは、僕が出会った中でも、最もマイペース☆※◎♪な制作進行(A)を紹介したいと思います。
まず(A)とは、2004年の5月、ある二時間ドラマの積み込み時の電話が、最初の出会いとなりました。
以下、電話でのやりとり。
(A):では明日の17時に、制作備品の積み込みに伺いますから。
piyota:では明日の17時に、ロケバスの方でお待ちしております。
そして翌日。 17時を回るも(A)とは連絡取れず、その後2時間待つも音沙汰無し。 よって、(A)の直属の上司である制作主任の(G)に確認を取り、更に翌日に控えた衣裳積み込み時に、その制作備品を積み込むよう、お願いした。
20時過ぎ、ようやく(A)から電話。
(A):piyotaさん、今何処ですか?
piyota:連絡が取れなかったので、バレましたよ。
(A):えー! 帰っちゃったんですか?
piyota:はい、電話しても繋がらないし、何時になるか目処も立たないので、(G)さんにお願いして、積み込みは明日にしてもらいましたよ。
(A):あっ、さっき聞きました。
piyota:そうですか。 では、明日の16時ごろ、○○撮影所に来てください。 そこで積み込みしますから。
(A):えっ、どうしてですか? わたし今積み込み場所にいるんですよ!
piyota:いや、だから…遅れるなら遅れるで連絡一本頂ければ、待ってたんですよ。
(A):午前中電話しましたよ。
piyota:その時は、遅れるとは言ってませんでしたよね?
(A):あっ、はい。 …じゃあ、piyotaさん、今から来て下さいよ。 わたし積み込み場所で待ってますから。
piyota:明日にして下さい。
(A):あー、そうですかー。
piyota:今度からは、ちゃんと連絡下さいね。 僕の方も色々とありますから。
(A):でもpiyotaさん、わたし、今日この後どうしたらいいんですか?
piyota:(G)さんに相談して下さい。
プチッ。 ←電話がキレる。
解説します。
(A)は、制作進行を1年以上しているそうです。 携帯はいつもドライブモードで、留守電にも切り変わりません。 運転は初心者で若葉マーク。 この日は通常30分の道のりに1時間半掛けたそうです。 そして(A)は 、午前中の電話で、全てが僕に伝わったと思い込み安心。 更に僕は、その電話で一度も謝られる事はなく、その後(G)に、“僕の方に色々あった”事が原因だと言い訳したそうです。
僕は何だか、自分が悪い気がしてきました。 とても、酷い仕打をしたのではないかと。
今思い返せば、それはそれでいい思い出です。 その現場で僕は、やはり(A)を、怒ってばかりでしたが、「でも〜」や「だって〜」を繰り返すばかりで、一度も自分の非を認めてはくれませんでした。
中々手強い相手でしたが、もう二度と一緒に仕事をする事はないから、と自分にいい聞かせ、何とか最後まで(A)を見守ってやりました。
しかし…
2005年初め。 僕はまたしても(A)の洗礼を受ける事になるのです。
2005年07月15日
新二時間ドラマの帝王か?
と、言っても、船越英一郎さんや、山村紅葉さんの事ではありません。 まーるいオカオに眼鏡を掛けて、今日も行く行くロケ現場。 これは僕の中で、最も印象に残っているエキストラさんのお話です。
ドラマや映画にはエキストラが付き物です。 このエキストラ無くしては、作品は成立しないと言っても過言ではないでしょう。
しかし僕等は正直いうと、彼等の事をそんなによく知りません。 朝、スタッフよりも早く集合場所にやって来て、窮屈なロケバスに監禁され、時には、電車も無いような辺境の地へ自力で集合解散し、さらには衣裳や小物まで持参したりと、はっきり言って、片手間で出来る仕事ではないように思えるのです。
エキストラを抱える事務所は沢山あります。 また、そこに登録されているエキストラの方々もかなりいると思われます。
登録だけをしておいて、スケジュールが合った時だけロケへ参加するのならまだしも、毎日毎日我々よりも過酷な移動を強いられるエキストラのみなさんは、尊敬にも値するものであります。 出番が多い日も少ない日も、突然いらなくなったから帰っていいよって言われる日も、当然ある事でしょう。 そんな彼等を支えているものとは一体なんなのでしょうか?
僕は、年に10本程度の二時間ドラマに参加します。 そこで多くのエキストラさんと顔を合わせます。 中には、全然違うシリーズの全然違う設定で同じ人を見掛けたり、毎回刑事役で起用される人等、恥ずかしい話、最近ようやく顔を覚えられるようになってきた次第です。
中でも特に脳裏に焼き付いているのが、ちょっと太めでメガネを掛けて、色白でさらに頬がほんの〜り赤い、カリアゲがとても印象的なエキストラの人なんです。
彼は正直いうと、その雰囲気に優しさがにじみ出ています。 なのに配役はいつも、刑事か鑑識。 屈強な刑事のイメージには程遠い(笑)のですが、何故か配役はいつも、刑事か鑑識なのです。
ある日僕は、八王子の現場で再び彼を見掛けました。 しかしその日は、たまたま葬式の訪問客という設定でした。 訪問客ですから、参列者も沢山います。 しかし、やはりその特徴的なオカオが目立っていたのは事実です。 (目立ったもん勝ちです)
その日は彼等にも待ち時間が多く、エキストラどうしでの談笑に花を咲かせていました。 そしてその話題の中心になっていたのが、例の彼だったのです。
その現場は、アメリカ軍の横田基地近くで、頻繁に航空機やヘリコプター等が通過して行きました。 そして驚く事にその彼が、全ての機種名を言い当てているのです! もう周りは、やんややんやの喝采です。 思わぬ特技を披露した彼も、少々照れくさそうにしています。 恐らく今までそういった部分を表に出す事が無かったのでしょう。 僕はその光景を見た瞬間、何故だか少しホッとしたのを覚えています。 そして、もしかするとこういう事が、彼等の支えになっているのかも知れないと思ったのです。
エキストラというお仕事は、そういうちょっとだけ自己主張したい人の密かな楽しみなのかな、と思えた瞬間だったのでした。
とにもかくにもこの世界はエキストラ無しでは成立しません。 僕等は常にそれを忘れてはならないのです。
ドラマや映画にはエキストラが付き物です。 このエキストラ無くしては、作品は成立しないと言っても過言ではないでしょう。
しかし僕等は正直いうと、彼等の事をそんなによく知りません。 朝、スタッフよりも早く集合場所にやって来て、窮屈なロケバスに監禁され、時には、電車も無いような辺境の地へ自力で集合解散し、さらには衣裳や小物まで持参したりと、はっきり言って、片手間で出来る仕事ではないように思えるのです。
エキストラを抱える事務所は沢山あります。 また、そこに登録されているエキストラの方々もかなりいると思われます。
登録だけをしておいて、スケジュールが合った時だけロケへ参加するのならまだしも、毎日毎日我々よりも過酷な移動を強いられるエキストラのみなさんは、尊敬にも値するものであります。 出番が多い日も少ない日も、突然いらなくなったから帰っていいよって言われる日も、当然ある事でしょう。 そんな彼等を支えているものとは一体なんなのでしょうか?
僕は、年に10本程度の二時間ドラマに参加します。 そこで多くのエキストラさんと顔を合わせます。 中には、全然違うシリーズの全然違う設定で同じ人を見掛けたり、毎回刑事役で起用される人等、恥ずかしい話、最近ようやく顔を覚えられるようになってきた次第です。
中でも特に脳裏に焼き付いているのが、ちょっと太めでメガネを掛けて、色白でさらに頬がほんの〜り赤い、カリアゲがとても印象的なエキストラの人なんです。
彼は正直いうと、その雰囲気に優しさがにじみ出ています。 なのに配役はいつも、刑事か鑑識。 屈強な刑事のイメージには程遠い(笑)のですが、何故か配役はいつも、刑事か鑑識なのです。
ある日僕は、八王子の現場で再び彼を見掛けました。 しかしその日は、たまたま葬式の訪問客という設定でした。 訪問客ですから、参列者も沢山います。 しかし、やはりその特徴的なオカオが目立っていたのは事実です。 (目立ったもん勝ちです)
その日は彼等にも待ち時間が多く、エキストラどうしでの談笑に花を咲かせていました。 そしてその話題の中心になっていたのが、例の彼だったのです。
その現場は、アメリカ軍の横田基地近くで、頻繁に航空機やヘリコプター等が通過して行きました。 そして驚く事にその彼が、全ての機種名を言い当てているのです! もう周りは、やんややんやの喝采です。 思わぬ特技を披露した彼も、少々照れくさそうにしています。 恐らく今までそういった部分を表に出す事が無かったのでしょう。 僕はその光景を見た瞬間、何故だか少しホッとしたのを覚えています。 そして、もしかするとこういう事が、彼等の支えになっているのかも知れないと思ったのです。
エキストラというお仕事は、そういうちょっとだけ自己主張したい人の密かな楽しみなのかな、と思えた瞬間だったのでした。
とにもかくにもこの世界はエキストラ無しでは成立しません。 僕等は常にそれを忘れてはならないのです。
2005年06月05日
誰だお前は!
「誰だお前は!!」
初対面で、いきなりこんな挨拶をされたスタッフ達は、当然驚くことでしょう。 しかし大抵は2、3、4と回を重ねても、やっぱり「誰だお前は!!」と言われてしまうのです。
これは、ある大物名物監督にまつわるエピソードです。
ロケ当日、監督は、スタッフが自宅までお迎えにあがります。 スタッフはその前に、近くのミスタードーナツで、朝食とコーヒーを買わなくてはなりません。 (コーヒーが無いと、撮影現場に来てくれない!?)
さて現場に着くと、監督は車を降りるなり「よーい!」と言い出します。 スタッフ達はこれに合わせる為、常日頃早朝より準備をしているのです。 しかし、朝ならまだしも、第1現場から第2現場などへ移動するとなると、そりゃもう大騒ぎです。 監督はいの一番に出発してしまうので、スタッフ達は後片付けをしてから、それを追わねばなりません。 なので、ここから先はチキチキマシーン猛レース状態です。 なんとか監督車を追い抜かし、先に準備して、監督の「よーい!」を待つ訳です。 もし、どこかのパートが遅れでもしたら「殺すぞこのやろー!」や「埋めるぞこのやろー!」といった、ありがたいお言葉を頂くことになります。 僕は以前、監督車を抜かした為「なんで先にいるんだバカやろー!」と、お褒め頂いたことがありました。
また、こういったドラマのロケなんかでは、一日の終わりにナイターロケが付き物なのですが、監督は早く帰りたくなると、決まっていたロケ現場や台本を、勝手に変えてしまうことがよくあります。 我々ドライバーは、早く帰れるのは嬉しい事なので、そこんとこは否定致しませんが…
そして今日も監督は、足早に現場を後にするのです。 最後に「じゃあな!」と言い残して。
でも僕は思います。
基本的にはこの監督、とても愛嬌のある人なんだと…
追伸 最近やっと、名前を覚えられました。 ^_^;
初対面で、いきなりこんな挨拶をされたスタッフ達は、当然驚くことでしょう。 しかし大抵は2、3、4と回を重ねても、やっぱり「誰だお前は!!」と言われてしまうのです。
これは、ある大物名物監督にまつわるエピソードです。
ロケ当日、監督は、スタッフが自宅までお迎えにあがります。 スタッフはその前に、近くのミスタードーナツで、朝食とコーヒーを買わなくてはなりません。 (コーヒーが無いと、撮影現場に来てくれない!?)
さて現場に着くと、監督は車を降りるなり「よーい!」と言い出します。 スタッフ達はこれに合わせる為、常日頃早朝より準備をしているのです。 しかし、朝ならまだしも、第1現場から第2現場などへ移動するとなると、そりゃもう大騒ぎです。 監督はいの一番に出発してしまうので、スタッフ達は後片付けをしてから、それを追わねばなりません。 なので、ここから先はチキチキマシーン猛レース状態です。 なんとか監督車を追い抜かし、先に準備して、監督の「よーい!」を待つ訳です。 もし、どこかのパートが遅れでもしたら「殺すぞこのやろー!」や「埋めるぞこのやろー!」といった、ありがたいお言葉を頂くことになります。 僕は以前、監督車を抜かした為「なんで先にいるんだバカやろー!」と、お褒め頂いたことがありました。
また、こういったドラマのロケなんかでは、一日の終わりにナイターロケが付き物なのですが、監督は早く帰りたくなると、決まっていたロケ現場や台本を、勝手に変えてしまうことがよくあります。 我々ドライバーは、早く帰れるのは嬉しい事なので、そこんとこは否定致しませんが…
そして今日も監督は、足早に現場を後にするのです。 最後に「じゃあな!」と言い残して。
でも僕は思います。
基本的にはこの監督、とても愛嬌のある人なんだと…
追伸 最近やっと、名前を覚えられました。 ^_^;





